「みんな、夕ごはん出来たよ!」
絵麻は台所から、リビングで思い思いにくつろいでいたメンバーを呼んだ。
今日の夕ごはんはハンバーグと、イカと大根の煮物である。
ちなみにこの献立になったのはアミダくじの結果だったりする。
「煮物だー。おいしそう」
「わーい。ハンバーグ♪」
「いっぱい食べてね」
「言われなくても」
第8寮の食卓は4人がけのテーブル3つをくっつけたものだ。
時間がばらばらの朝や、人の少ない昼はテーブルを離しているのだが、時間
が一緒の夕方はテーブルをくっつけて食べる。いつの頃からかそうなっていた。
「あのね、お兄ちゃん。アテネね、今日はね、機材の位置覚えたんだよ」
「そっか。偉いな」
「医療ミスしないようにね、ちゃんと薬の位置覚えないといけないんだ」
「頑張れよ。兄ちゃん、ずっと見ててやるからな」
「うんっ! お兄ちゃん、大好き!」
和やかな会話を交わす兄妹がいれば。
「……このシスコン野郎」
「何でこんなにべたべたなんだか」
横でジト目で見守る(?)仲間がいて。
「……おいし」
「絵麻、もう1杯食べていい?」
「俺も」
「あ、あたしもー」
さらにその横で黙々と食べ続ける人々がいる。
「はい、どうぞ」
絵麻はご飯をよそりながら、笑顔だ。
自分の料理を喜んで食べてくれる人がいる。
その事が、こんなにも嬉しい。
「これ、美味しい。絵麻ってどうやって作ってるの?」
「特に変わったことしてないんだけど……大根をお米のとぎ汁でゆがくこと、
かな」
「それやると、どうなるの?」
「味がしみて美味しくなるの」
「へえ……」
翔がしみじみと大根を見つめる。もっとも、すぐに頬張ったが。
「そうだ。ちょっと全員聞いてくれるか?」
全員の皿があらかた空になったところで、信也がそう切り出した。
「?」
「何?」
「Mrから連絡が来て。登録を更新して欲しいんだと」
「登録の更新?」
「僕ら、半期の契約隊員なの」
きょとんとなった絵麻に、翔が説明してくれる。
「半期ごとに『NONET』を続ける意志があるかを問われて、続ける意志が
あるのなら契約を続行。続ける気がないのならこの部隊を口外しないって念書
を書いて、違約金を払ってPCを除隊するの」
「今まで止めた人っているの?」
「僕が入ってからは聞かないけど」
「で、みんなどうする? ある程度は内部で確認しといて欲しいって」
「アテネ、ここにいる!」
元気に宣言したのは、ふわふわのプラチナの髪をしたアテネ=アルパインだ。
「お兄ちゃんとみんなと一緒にいる。そう決めたんだもん!」
「って、みんなが契約続行するとは限らねーじゃん」
勢いこむ妹の袖を、兄のシエル=アルパインが片方しかない手で苦笑気味に
ひいて止めている。
「そもそも、アテネは『NONET』じゃないだろ?」
「そういえば、お兄ちゃんはどうするの?」
「オレ? オレは金稼ぐ意味はなくなったけど、身障者扱いで通常の賃金低い
んだよな。だから当分辞めない」
「じゃ、アテネもいる。ダメだって言われても、入る。唯美ちゃんは?」
「他に行くとこないしね」
「ぼくも」
「おれも」
「信也とリョウは?」
「俺たち抜けたら困るだろ?」
「いや、リョウはともかくてめーはいなくても……」
「哉人、何か言ったのはこの口か?」
信也が手を伸ばして、哉人の口をひねりあげる。
「いふぇ……(痛て……)」
「お前には言わせない。お前だってたいがい出番ないだろうが」
「……信也、それじゃ子供だから」
「絵麻、どうする?」
「?」
翔に聞かれて、絵麻は彼を振り返った。
「危ないから、絵麻は契約続行してもらわなくても」
「え? このペンダントのデータ、取ってるんじゃなかったの?」
ポケットから取り出したのは、青い石がトップにつけられたペンダント。
この世の青をぎゅっと濃縮したような色合いに、金色の光がふりまかれてい
る。
まるで宇宙のような、そんな石だった。
このペンダントは、絵麻の祖母、舞由の形見の品物である。
舞由が亡くなる前日に絵麻がもらったものだ。そして、ガイアでは虹色の光
を操るパワーストーンでもある。
翔はパワーストーンを研究する工学者が本業で。そのデータを取る目的でM
r.PEACEは絵麻をNONETに置いた。
「データなら、あらかたもらったよ」
「え? いつの間に?」
「結構いろいろ測定させてもらってたじゃない」
翔はいつでも機材を相手に何か計算しているから、多分その中のどれかがそ
うだったのだろう。
「だから、危ないのが嫌だったら……この前みたいなことあるし」
「うーん……」
絵麻は少し悩んでしまった。
危険に巻き込まれるとか、そういうことじゃなくて。
ここを離れれば、きっと自分は元の自分に戻ってしまうから。
姉の操り人形だった、主体性のない後ろ向きな人間にきっとなる。
「わたし、ここにいる」
「いいの?」
「アテネと一緒。わたしも、ここじゃなきゃやだ」
「僕も、ここじゃないと嫌だな」
「え?」
「ここを離れたら、君のご飯が食べられない」
翔はそう言って、小さく笑った。