「……?」 自分の心の中を探られるような感触に、翔は一瞬、胸を押さえた。 「翔?」 横にいた哉人が訝しげに聞く。 「ううん、何でもない。それより、何か情報ひっかかった?」 哉人はさっきからずっと、部屋から持ってきた自分専用のノートパソコンで データベースを漁っているのだ。 角度で色を変える蒼い瞳は、ディスプレイを反射して今は水色に光っている。 他のメンバーは信也とリョウが相談して、仮眠を取るメンバーと起きている メンバーとに別れていた。今は信也、リリィ、アテネが起きている。 「ダメ。それらしいのはない」 哉人がどさりとソファにもたれかかる。 「考えたら、ついさっきいなくなった人間の情報がネットに流れる確率って 相当低いんだよな」 「有線通信で北部PCにも問い合わせたけど、それらしいのは保護してないっ て」 これは信也。 リリィはというと、リビングの共用パソコンで通信機の反応を見ている。そ の横でアテネがじっとリリィの作業をのぞきこんでいた。 「やっぱり、僕Mrのところに行ってくるよ」 「待てって」 立ち上がりかけた翔を、信也が制した。 「何で止めるの? やっぱり、自分たちに被害が来るのが嫌だから?」 「時計見てみろ。この時間じゃ門前払いだ」 リビングのかけ時計は午前1時を回っていた。 「けど……」 食い下がった翔の袖を、リリィがそっとひく。 「?」 リリィはキーボードを叩いて、パソコンに自分の言いたい言葉を打ち出した。 『相談したところで、Mrは私たちに何かしてくれるかな?』と。 翔は黙ってしまった。 自分たちは結局のところ、Mr.PEACEの手駒なのだ。 まして、行方不明になったのは戦力的価値の低い(ほとんど価値がないといっ ても過言ではない)絵麻である。 彼女のために、Mrは何かしてくれるか? ――否。 「……」 俯いて黙り込んだ翔を、リリィが気遣わしげに見つめる。 いつも頑張っていたのに。 泣いたり、笑ったり、悩んだり。素直に感情を表す絵麻に、自分はどれだけ の安らぎをもらったのだろう。 それなのに。今、絵麻が危ないかもしれないのに、自分は何もできない。 翔はさっきから持ち続けたままの、絵麻の髪どめを握りしめた。 自分が意識している以上に力が入っていたらしい。握った髪どめは火傷で皮 下が露出している翔の手にかなりの痛みを与えてきた。 「……っ」 「・・・?!」 「おい、何やって」 慌てて、信也が手を開かせる。 火傷で皮下が露出してしまった翔の手は、相手に彼の体温を直接伝えて熱い。 おまけに色も赤黒く不気味なので、あまり触りたがられない手だ。 「それ以上痛めつけるなよ」 「でも、今絵麻はもっと痛いかもしれない……」 「翔さん、ケガしたの?」 アテネがパソコン前を離れて翔の方に来る。 「! 物凄い火傷……早く冷やさなくっちゃ」 看護婦志望の彼女だから出た言葉だろう。 ありがたい申し出だったが、翔はやんわりと断った。 「ありがとう。でも、いいんだ。この火傷、もうずっと昔の傷だから。 リョウの能力でも治らないんだ」 「そうなの?」 「うん……ずっと前、爆発事故を起こしてね」 リョウは自然治癒力を高める回復能力者だ。こんな形でも一応『治った』傷 である翔の火傷は手当てすることができない。 アテネははあっと息をついた。 「アテネ、役立たずだね」 「? どうして?」 「だって、看護婦さんになるのに、翔さんの傷の手当てできないよ。マスター じゃないから、『NONET』にも入れないよ。絵麻ちゃんがいなくなったの に、探してあげることもできない……」 じわっと、鈴を張ったような瞳に涙がにじむ。 「えっと……アテネ?」 ―――ナカナイデ。 「アテネも、絵麻ちゃん探してあげたい……」 力が欲しい。 兄が、自分を探してくれたように。みんなが、守っているように。 今度は、待つだけではなくて。動いて守れるだけの力が欲しい……! その想いに呼応するように、アテネの耳に声が響いた。 ―――ボクタチモ、えまヲミツケタイ。 「……え?」 「アテネ? どうしたの?!」 雷に打たれたように立ち尽くすアテネの肩を翔が揺するが、反応がない。 「……? アテネ?」 騒ぎに、眠っていたシエルが目をこすりながら起き出してくる。 それでも、アテネは反応しなかった。 不思議な囁きが、アテネの耳に響いている。 ―――ダカラ、ボクタチノチカラヲキミニカシテアゲヨウ。 瞬間、コートドレスのポケットから淡い緑色の光が飛び出し、アテネの全身 を包みこんだ。 「!」 「アテネッ!!」 シエルが声をあげて、アテネの腕をつかむ。 「大丈夫か?! 何ともないよな?!」 「お兄ちゃん……」 アテネはやんわりと兄の手を払うと、リビングに置かれていた観葉植物に歩 み寄った。 高校の園芸科に通っていた絵麻は、当然ながら植物が好きで。彼女の部屋に はガイアの植物を植えた鉢がいくつも置かれているし、少しでも暖かい雰囲気 にしようと、玄関やリビング、台所にも観葉植物を置いて世話していた。 その観葉植物の鉢から、アテネと同じ、淡い緑色の光が出ている。 「……?」 翔は目をこすって、よくよく凝視した。 間違いない。 これは、パワーストーンの『波動』だ。 パワーストーンマスターとして石と同調すると、マスターとなった人物は淡 い色の光をまとって見える。翔の場合は稲妻のような青白色。 「アテネ……まさか?」 アテネは観葉植物の葉に触れて、何かと会話するようにぶつぶつ言っていた のだが、やがて顔を上げた。 「……北部」 「え?」 「葉っぱが言ってるの……高い木の梢に聞いたって。梢は、渡り鳥に聞いたっ て」 「……アテネ?」 この言葉には、全員がきょとんとしてしまう。 「おい、アテネ? 寝ぼけてんのか?」 シエルが再度肩を揺するが、アテネははっきりと言った。 「絵麻ちゃんは、北部のオリンポス半島にいる」 「……アテネ?! お前、何言って」 「本当だよ、お兄ちゃん。アテネ、葉っぱさんに聞いたんだもん」 「葉っぱがしゃべるわけがないだろ?」 「……しゃべるかも」 ぼそっと言った翔の方を、全員が振り向く。 「翔?」 「お前、本気か?! お前も寝ぼけてるってオチはないよな?」 「今、みんなも見たでしょ? 淡い緑色の波動。あれ、マスターの波動だよ。 ちょっと待ってて」 翔は言うと、2階の自室に向かって走りだした。 ほどなくして戻って来た彼の手には、朱色の小さな測定器が握られていた。 パワーストーンのエネルギー値を測定する機械だ。一度絵麻の中に入った血 星石のエネルギーを測定したときに暴走して壊れてしまったのだが、翔はその 後改良を加えて、小型化していた。 「アテネ、ちょっとこれ持ってて」 コードのついた測定針をアテネに持たせて、スイッチを入れる。 たちまち、マスターであることを示す数値を測定盤が示した。 「……ね?」 「ホントだ……」 「翡翠を媒介にして、植物と同調するマスターなんだと思う。詳しく調べない とわかんないけど」 「マジかよ」 「ね、ね、アテネ、マスターなの? お兄ちゃんやみんなとずっと一緒にいて いいの? そうでしょ、信也さん?」 アテネがたちまち笑顔になる。 信也は渋い表情だったのだが、それでも最後には苦笑いになって。 「……確かに、そういう約束だったな」 くしゃっと、アテネのふわふわの髪を撫ぜた。 「♪」 「待てよ信也。オレはそんな事……」 シエルが食い下がったのだが、信也はそれを一蹴して。 「それより、今大事なのは絵麻の事だろ。オリンポス半島って、どこだ?」 「お前って、本当、物忘れ激しいのな」 呆れたように、哉人。 「え?」 「……武装集団の本拠地」 答える翔の声は、やはり重苦しいものだった。