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 気がつくと、視界に一面の青が戻っている。
「……っ」
 絵麻は顔面を手で覆った。
 今、さっきまで、自分が覗いていた光景は……何?
 頭の中でいろいろな光景がまるでパズルのように絡み合い、モザイク模様を
なしていた。
(わたしは、何をみたの……?)
 これが、あの光の言った『すべて』?
 ずきずきしはじめた頭を押さえる。
 視界が色を失ってぶれる。ザラザラと、ノイズが聞こえる。
 いくつもの声が、脳内にあふれる。

『……、逝かないで! おいて逝かないでくれっ!!』
 悲痛な、すがるような男性の声。

『愛してる……だから、せめて君だけは生きて』
 暖かく、優しさにみちた青年の声。

『ごめんなさいっ! わたし、なれない。平和姫にはなれないっ!!』
 甲高い、少女の錯乱したような悲鳴。

『いかなきゃ。……のぶんまで、守らなきゃ』
 何かを決意したような、少女の声。

『どうして守れなかったんだ……僕は、君を、君を……』
 絶望したような青年の声。

『知ってたんだな……こうなること、知ってたんだな?!』
 怒りに満ちた、青年の声。

『僕の知識は“世界”の知識……使えば、どうなるか』
 男性とも女性ともとれない、落ち着いた声。

『あの人には、今までどおり従います。だけど、僕はあの人を決して許さない』
 怒りを押し殺したような、青年の声。

『いや! 離れるなんていや。わたし、一緒にいたい。貴方と一緒にいたい!』
 泣き叫ぶ、少女の声。

『むかしむかしあるところに、美しいお姫様がおりました……』
 ああ、この声には聞き覚えがある。
 優しかった祖母の、昔話の声……。
 ふっと、意識が軽くなった。
 大好きな、祖母の声。
 暖かくて、優しい、あの日のひだまりの匂い。
 いつでも絵麻を抱きしめてくれた、暖かな腕。
 沈み込んでいた意識が、ゆっくりと浮上していく。
 そうだ。わたしには……わたしを必要としてくれる人達がいる。

 無邪気で屈託なく、いつも明るく笑ってるアテネ。
 武装兵の顔を崩さないけど、誰より純粋な封隼。
 どこかつっぱねたような態度だけれど、それでも本音は仲間思いの哉人。
 自分中心の守銭奴のフリをして、本当に大切にしているのは他の人のシエル。
 強気な表情の裏側に、優しさと泣き顔を隠している唯美。
 みんなの頼れるお医者さん、リョウ。
 普段はとぼけてるのに、土壇場では誰よりも強い信也。
 怜悧で冷たいのに、心はどこまでも暖かいリリィ。

 「約束する。絶対に殺さないし、死なせもしない」

 深い茶色の目が、じっと自分を見て、そう言ってくれる。
 優しい声と、火傷痕の残る、熱い手のひらの感触。
 全部知っている……翔が誰よりも優しいこと。
 NONETのみんながいる。
 みんなが、本当はそれぞれに優しいこと、知ってる。
 みんなが、わたしを呼んでくれるよ。
 『深川結女おねえさん』ではなく、『深川絵麻わたし』を。
 だから、大丈夫。わたしは頑張っていける。
 絵麻は色をなくしていた視界が、元に戻って行くのを感じていた。
 そんな中で、絵麻はあの光のささやきを聞いた気がした。

(――――ミンナミンナ、キミガナカセテイルンダヨ。ぴーしーず。)
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