5.覚醒−平和姫− 苦しげな表情で眠る絵麻を、パンドラは満足気に見つめていた。 この娘――平和姫に苦痛を与えること。 100年前、悲願を達成しようとした自分を殺した。自分を暗い柩の中に封 じた忌ま忌ましい娘に復讐することができるというのは、とても甘美なことだっ た。 苦痛を与えて、極限までなぶった後で――殺してやる。 「アレクト、メガイラ、ティシポネ」 パンドラは配下の名を呼んだ。 はいという返事が闇に響き、その次の瞬間には闇に溶けるような漆黒の軍服 を着た3人の人物がパンドラの玉座の下に跪いていた。 暗い赤の、ベリーショートの髪――アレクト。 暗緑色の、おかっぱの長さの髪――メガイラ。 黄色の髪をお団子に結った子供――ティシポネ。 3人が3人とも、額に黒水晶をいただいていた。 「『エウメニデス』アレクト、参りました」 「同じく、『エウメニデス』メガイラ」 「姫ー。ティッシー来たよー♪」 パンドラは満足したような表情で、まとった薄物の裾をひるがえした。 「アンタたち『エウメニデス』に命令があるの」 「はい」 「アレクト、メガイラ。この前の貴族の屋敷から調達して来た血星石をあるだ け持って『柩』の前に来なさい」 「パンドラ様。あの血星石はピュア・ブラッドではありません。復活にはまだ 量が足りないかと」 緩やかに諌言するメガイラに、パンドラは妖艶な笑みを投げかけた。 「その必要はないわ」 「と、申されますと?」 「この女の血を使うから」 パンドラは床に仰向けに倒れたまま眠る絵麻を指した。 「自分の中の痛みの記憶の夢……痛みは裏返せば憎しみにつながるわ。平和姫 の憎しみが不和姫を復活させる。なんて素晴らしい響きなんでしょう」 恍惚とするパンドラ。 アレクトとメガイラは、目を合わせて頷くと。 「お任せください、パンドラ様」 「すぐにお持ちいたします」 そう言って頭を下げると、玉座の前を辞した。 「ねぇ、姫。ティッシーは? ティッシーは何すればいいの?」 「ティシポネは切れ味のいい刃物を探して来てちょうだい」 パンドラは玉座を滑り降りると、ティシポネの頬に手を触れさせる。 「ゲームのクライマックスよ……平和姫の喉を切り裂ける、とびっきり鋭い刃 物を持って来て」 「うんっ。血の噴水だねっ!」 ティシポネは笑顔で頷いた。 「待ってて、姫! ティッシー、すぐ持ってくるから!」 「ええ。待っているわ」 ティシポネは風のような早さで玉座の前を後にする。 そうして、残されたのはパンドラと絵麻の2人になった。 「さて……終焉の場に移動しましょうか? 平和姫」 言葉に、ふわりと絵麻の体が浮き上がる。 そのまま闇につつまれて、2人の体は消えた。