「……」
絵麻はぼんやりと瞼を開けた。
真っ暗だ。
目をつぶってみる。真っ暗だ。
目を開けてみても暗い。みぞおちにだけ、ずきずきという痛みがある。
(何が起こったの……?)
暗闇を見つめながら、絵麻はとりあえず状況を整理してみることにした。
北部の爆発物探しに同行したのだ。
そこで、カノンに出会った。
翔の制止を振りはらってカノンを追いかけたのだが、彼女はカノンではなかっ
た。
黄色い髪と目をした、小さな子供。
その子供が自分を『平和姫』と呼んだ。その直後に、みぞおちに衝撃がきた。
そして、暗転。
意識を失ったのだろう。
そこまで考えて、絵麻はゆっくりと体を起こした。
視界が闇に慣れると、そこは無数の階段が重力を無視して張り巡らされた、
平衡感覚を失ってしまいそうな場所だった。
「ここってどこなんだろう」
少なくとも、さっきまでの北部ではないだろう。
「帰らなきゃ。また翔に怒られ……」
痛むみぞおちをかばいながら、絵麻が立ち上がった時だった。
「行かせないわよ」
絵麻の背後から、妖艶な声が響いた。
「?!」
振り返った絵麻の視線の先にあったのは、黒い玉座。
そこに1人の女が座り、頬杖をついて自分を見ている。
サイドだけが長いダーティ・ブロンドが玉座の縁飾りのように輝いて、絵麻
を見つめる瞳は湖面のように青い。
まとっているのは薄物のみで、豊満な体の線が闇の中でもくっきりと浮かび
上がっている。
確か、この女は……。
(パンドラ?)
前に一度だけ遭遇したことがある。
世界の破壊者『不破姫』を名乗る、武装集団首領。
名前が……確か、パンドラといった。
視線があうと、女――パンドラはきゅっと唇を吊り上げて笑った。
「ようこそ。平和姫」
背筋を震わせる、妖艶で冷涼な声。
ぞくりとする寒気を、絵麻は必死で追い払うようにして。
「あなたは……パンドラ?」
「ええ。『不和姫』パンドラ。『平和姫』……アンタと相反するものよ」
パンドラの青かった瞳に、ふいに赫い炎が灯る。
歯が鳴りそうな寒気をこらえて、絵麻は言った。
「わたしは『平和姫』じゃないわ」
「……何ですって?」
「『平和姫』とか『不和姫』とか関係ない。だから、ここから返して」
「そんな怖い顔しないで」
パンドラはふいに表情をやわらげると、玉座からすべりおりた。
そして、瞬く間に絵麻の正面に出現していた。
「?!」
後ずさる絵麻の手を、細い手がはっしとつかむ。
そのまま、彼女は抵抗する暇も与えずに絵麻のポケットの中から、青金石の
ペンダントを引っ張り出した。
「アンタは『平和姫』よ。これがその証」
「! 返し……!」
ペンダントを取り返そうとした絵麻の手を軽くあしらって、パンドラは細い
指先にペンダントをひっかけるとくるくる回した。
「『平和姫』は青い石を持つ黒髪の娘。100年前からそうなのよ」
「100年前?」
「わかんないって顔してるわね」
パンドラはさもおかしそうに笑って。
「まあ、わかっちゃうと私が殺されちゃうしね。上等上等」
「何が言いたいの?」
「そんなに怒らないで。ゆっくり話をしましょう」
「何の話を」
「私が『平和姫』を殺す話」