3.暗い記憶
「エリアD、異常ないな? 通信終了ー」
シエルは4つのエリア全部に定時の連絡を済ませると、通信回線を閉じた。
「はい。次は15分後」
片手で苦労してキーボードを叩き、モニターに地図の画面を呼び出す。点滅を繰り返す点が8つ、2つずつの組になって地図上に散らばっていた。
それを横目で確認して、どさっとソファに引っ繰り返る。
「通信起点ってタイヘンだなー。やっぱ、オレって実戦向きなんだな」
「お兄ちゃん、疲れた?」
そのシエルの顔を、アテネが覗き込んだ。
「ん? ああ……大丈夫だよ」
シエルは起き上がると、アテネのプラチナの髪をくしゃくしゃに撫ぜた。
「ふふっ」
アテネが嬉しそうに笑う。
「絵麻がいたら、こういう時お茶出してくれるんだよな」
「?」
誰かが何かに疲れたような素振りを見せると、絵麻は必ずお茶を入れてくれるのだった。
『お疲れさま。お腹すいてない? 夜食用意しといたけど』
そう言って、用意しておいてくれた何か美味しいものを出してくれるのだ。
「絵麻って、重要だよな」
「え?」
「絵麻がいてくれると、ホント助かるからな。あいつは全然戦うのに向いてないけど、美味しいもん作れるし、戦わない場面ではちゃんと協力するし」
「アテネも絵麻ちゃんくらい料理が上手だったら、『NONET』になれる?
アテネ、絵麻ちゃんの代わりになりたい」
「それは別問題。絵麻は『マスター』だから」
危険思考に入りかけた妹を、シエルは慌てて押しとどめた。
この子に危険なことはして欲しくない。
我が儘かもしれないけれど……せめてこの子だけは。妹だけは返り血から守りたい。
アテネはムッと頬をふくらませて。
「もうっ。お兄ちゃんも『マスター』って言うんだね」
「しょうがないだろ。そういう規定なんだから」
「いいもんいいもん。アテネ、『マスター』になるから」
アテネはそう言って、懐からごそごそと何かを取り出した。
「あのな、『マスター』になるって言っても、ンな簡単になれるもんじゃ……」
「じゃじゃーん。これ、アテネのパワーストーンだよ」
アテネがシエルに見せたのは、例のプレートの破片だった。
上半分の残骸のようで、切れ込みに小指の爪ほどの緑色の石が埋まっている。
「ああっ?!」
もともと、プレートは円形(円というにはえらく円周がぼこぼこしていたが)だった。
しかし、この間の騒動でアテネの身代わりになって割れてしまったため、今では飾り石のはまった上半分と、文字の彫られた下半分に別れてしまっている。
「翔さんがね、身近に持ってる石とは同調が起こりやすいって言ってたの。アテネはこのプレートずっと大事に持ってたから、身近だよね」
アテネはにこにこと電灯にプレートをかざした。
「あの……その石オレが校庭で拾った奴なんだけど」
「でも、翔さんこれ翡翠だって言ってたよ」
「ええっ?!」
「身近に持ってて、石と心を通わせるように頑張るんだって。そうしたらマスターになれるんだって」
「そんなもんかねえ……」
自分はそんなことをやった覚えがない。気がついたらマスターになっていた。
哉人や唯美もそうだというから、多分、天性の才能か何かだろう。
プレートをぎゅっと抱く妹をしばらく見てから、シエルはモニターに目を戻した。
そこではじめて、地図上の点滅の異常に気づく。
「あ……れ?」
「どうしたの? お兄ちゃん」
「ここ、エリアAだよな。点が離れてる」
「離れて探し始めたんじゃなくって?」
「ありえない。だってエリアAって、翔と絵麻だぞ? 他の奴らならともかく」
その時、通信機のアラームが鳴った。
「はい。第8寮通信起点」
『シエル!!』
その声は翔のものだった。
「翔? どうしたんだよ、別行動なんか取って」
『絵麻を止めて!』
「は?」
『あの子、勝手に走りだしちゃったんだ。ここ視界悪くて僕じゃ見失う! 回線開いて止まるように言って!』
「あーあー……またか」
シエルはうんざりしたようにため息をつくと、翔との通信回線を一度閉じて絵麻の通信機につないだ。
「絵麻はこれがあるからなー……おーい、絵麻。聞こえてるか?」
『……………』
返って来たのは、サー……というホワイトノイズ。
「絵麻?」
『……………』
「おい、絵麻! ふざけてないで答えろよ!!」
その時、横でアテネが小さく悲鳴をあげた。
「お兄ちゃん!」
「アテネ?」
「絵麻ちゃんの反応がなくなっちゃったよ!!」
モニターを覗いていたアテネが、泣き出しそうな声で告げる。
「……?!」
慌てて覗きこんだモニターで点滅する点は、7つに減っていた。
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