その夜、シエル達は無事に帰って来た。 夕飯は翔とリリィが作ったビーフシチューだった。 ビーフシチュー……なのだが。 「これ、味薄くない?」 「しかも水っぽいし……」 メンバーからは思いっきり不評だった。 「味見したの?」 「え? リリィ、やった?」 リリィが首を振る。 「・・・・・・・・・・・・」 「僕もやってないんだけど……」 「何か失敗しただろ」 スプーンを置いて、信也が向かいに座っていた翔に言う。 「ええっ?! 僕、ちゃんとルーのパックの裏の説明通りにやったよ?」 「それでこんな味になる?」 「ちゃんとやったって。リリィ、そうでしょ?!」 「・・」 リリィもこくりと頷く。 ひとしきり論争は続き、全員のスプーンの動きはもれなく緩慢だったのだが、 1人だけ早いスピードで食べている人物がいた。 絵麻である。 心ここにあらずといった表情で、ただ淡々とスプーンを口に運んでいる。 「絵麻?」 「……なに?」 うつろな目を上げる。 普段だったら、いきいきとして「これはルーが足りなかったんだよ」とか 「ウスターソースを入れると味がしまっていいんだよ」とかちょっとした知恵 で料理を美味しくしようとする彼女なのに。 今はその元気が嘘だったかのように、絵麻は抜け殻同然になっていた。 「……いや、何でもないよ」 「ごちそうさま」 絵麻はその後も順調にスプーンを動かし、自分の皿を記録的なスピードでカ ラにしてしまった。 そして、何も言わずに台所を出て行く。 いつもなら全員が食事を終えるまで待っていて、食器を洗うのに。 用があって部屋に戻ることがあっても「食器、汚れが落ちやすいように水に つけておいてね」とクギをさしてからでかける彼女なのに。 「絵麻が変だ」 スプーンを置いて頬杖をついた封隼がぼそっと言う。 「確認しなくても充分ヘンよ」 横の唯美が、これもスプーンを放り出して言う。 「どうしちゃったんだろ。絵麻は落ち込むの早いけど、立ち直るのも案外早い と思ってたのに」 「人間、落ち込むときはトコトン落ち込むわよ」 リョウは一口でビーフシチューを止め、コップの水を飲んでいる。 「あ、俺も水ちょうだい」 「ちょっと待って」 「ぼくも」 「……みんな、ひどくない?」 制作者の執念で水っぽいシチューを食べていた翔だったが、それでも半皿ほ どでギブアップしてしまった。 「確かに、残すの持ったいないよな」 そういいつつも、シエルの皿にはたっぷりとシチューが残っている。 「食べられない人だっているんだよ?」 「うん……」 曖昧に頷きつつも、それ以上食べようというメンバーはいなかった。 「いつからこうなったんだろうね、あたし達」 「ねえ、絵麻ちゃんはどうなっちゃったの? 具合、悪いの?」 アテネが不安そうにしている。 ここに来て日が浅いアテネだったが、家事を切り盛りしている絵麻とはいつ も顔を合わせていたから、これが異常事態だと言うことはわかる。 それに、アテネにはこの騒動の発端を作ってしまったという負い目がある。 「大丈夫だよ。だから泣くなって」 鈴を張ったような青い瞳に涙が浮かんでいるのをみて、慌ててシエルが言う。 「泣いたって何の解決にもならないだろ?」 「うん……」 「思い出してるのよ」 リョウが小さく告げる。 「自分がいちばん怖かった時のこと」 「いちばん怖かった時ねえ……」 それぞれに覚えがあるのだろう。全員が思い出すような目をする。 翔はじっと、自分の焼けただれた手のひらに視線を落としていた。 「それと一緒になって、自分が生きてるのか死んでるのかもわからないって虚 脱状態にもなってるでしょ?」 「死んでるって……絵麻、ここにいるじゃんか」 「でも、絵麻は『自分は殺された』って言ってるのよ。だから今いる自分はゾ ンビか幽霊かなんかじゃないかって」 「翔はどう思う?」 話をふられて、翔は考え込むように手を顎の下で組んだ。 「生きてるのか死んでるのかどっちだっていうけど、絵麻は実際ここにいるじゃ ない? 僕はそっちの方が大事なことだと思うんだけど……」 翔の言葉の最後に、通信機の鋭い呼び出し音が重なった。