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「はいはい」
 近くにいた信也が台所にある端末の受信機を取る。
「受信しました。第8寮です。どうぞ?」
『信也くんですか? こちら、ユーリ=アルビレオです』
 受信機の向こうで、涼やかな声がする。
 信也は思わず背筋を伸ばした。
 ユーリ=アルビレオはPC総帥Mr.PEACE直属の秘書である。
 北部系の流れをくむ銀髪青眼の青年で、20代の若さでMr.PEACEの側
近をつとめている。非常に優秀な処理能力を持ち、彼がいなければMrの執務
は半分も動かないと噂されるほどの切れ者でもある。
 それと同時に、彼はもう1つの任務を請け負っていた。
 Mr.PEACEと非合法部隊『NONET』のパイプラインである。
「ユーリ」
『“仕事”の依頼です』
 その言葉に、自然と信也の表情もひきしまる。
 彼は通信機の音声を他のメンバーにも聞こえるように細工した。
「どこで何をすればいい?」
『今回は武装集団の前線基地の破壊をお願いします』
「え?」
 その言葉に、全員が一瞬ざわめく。
 なぜなら、それは通常PCの自衛団がやる仕事だから。
『地図などの詳細は依頼メールに添付しましたから、後で哉人くんに確認して
もらってくださいね』
「どうして? 普通なら北部の自衛団がやる仕事だろ?」
『特殊な爆弾が使用されている疑いがあるんです』
「特殊爆弾?」
『ベナトナシュ……って知りませんか?』
 ユーリがあげた名前に、翔がびくっと反応する。
「翔? 知ってんの?」
 あまりに顕著な反応に、信也が聞くと。
「ああ……13年前に製造された、史上最悪って言われる核爆弾だよ」
 翔はいくらか青ざめた顔で答えた。
「僅かな薬品の化学反応で大きな爆発を起こすことができるって触れ込みで実
戦に導入されたんだけど、化学反応の威力が凄すぎたんだ。それでターゲット
にした武装集団の基地はもちろん、民間の街を何個か巻き込んで爆発してしまっ
て、物凄い数の犠牲者を出した。それ以来製造すること自体が法律違反になっ
てるんだ」
 翔は通常、PC本部の実験室で化学兵器の研究を行っている。だから自分が
学校にあがるかあがらないかの頃の事情に詳しいのだろう。
『皆さん、まだ子供の頃ですから知らないかもしれませんけれど、あの爆弾は
本当に危ない物でしてね。製造方法を知る科学者たちは全員処分されてもう製
造方法は残っていないはずなんですけれど、それを武装集団が何らかの手段で
製造したとなればPC、ひいてはガイア自体に大きな脅威となります』
「それを、俺たちに破壊しろと?」
『マスターである貴方たちは通常の人間より持久力や耐久力に優れています。
仮に爆弾があったとしても、貴方たちなら避けられるでしょう。
 それでMrは貴方たちNONETを指名されたのです』
「なるほど……」
『もちろん危険給はつけますし、何かあったらPC付属病院の方で面倒は見さ
せてもらいます。任務にかかっている間の本業の方も私が話を通しておきましょ
う』
「だって、どうする?」
 信也は全員の顔を見回したのだが、意を唱える者はいなかった。
「別にいいよ」
「『仕事』って言われれば何でも請け負うのが契約だしな」
「ユーリ。Mrに『わかった』って言っておいてくれるか?」
『了解しました。明日の夜に行動を開始してください』
 ユーリの涼しげな声が通信機ごしに帰って来た。
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