(わたし、オバケなのかな……) 絵麻は野菜を水で洗いながら、ぼんやりと流れの中に手をひたしていた。 そろそろ水が冷たい季節になった。長時間水に触れていると、手がひりひり する。 その感触は、去年の冬と同じで。 それなのに、自分は死んでいるというのだ。 (わたし、どうしてここにいるんだろう……) 気持ちが暗く沈んでいく。祖母の遺言さえ守れない。 (死んだのなら、お祖母ちゃんに会えるはずなのにな) 絵麻はぎゅっと唇を噛みしめた。 ぷつりと切れた唇から血がにじんで、絵麻の口に入ってくる。 感じるのは口の中を切ったときと同じ血の味。 (わたしは……生きているの?) それとも、死んでいるの? 自分がわからなくなる。 自分が消えてしまいそうで、怖くなる。 絵麻は濡れた手も構わず、自分の肩を抱きすくめた。 「絵麻?」 気づかうように入って来たのは翔だ。 片手には最近ずっと読んでいるらしい、古い詩集がある。 「しょ……う?」 「顔色が悪いよ? 大丈夫?」 絵麻は反射的に笑顔を作る。 「大丈夫。大丈夫だよ」 その笑顔が、翔からみればとても儚くて、壊れてしまいそうで。 「少し休んだ方がいいよ。夕飯なら僕が作るから」 翔は言うと、絵麻を強引にリビングに引っ張って行った。 「わっ……翔?!」 「はい、ここに座る!」 肩を押さえ付けるようにして、翔は絵麻をソファに座らせる。 制服ごしに伝わる、翔の焼けた手の熱さ。 先にソファでくつろいでいたリリィ、信也、リョウが目を丸くしていた。 「リリィ、リョウ、絵麻を見ててくれる?」 「いいけど……」 「ダメよ。だってわたし、ごはん作らなきゃ……」 「僕が作るから」 「って、翔って確か料理下手だったよな?」 「……」 信也に突っ込まれ、思わず沈黙する翔。 ちなみに、翔と信也だと(意外だが)信也の方が料理上手である。 といっても焦がして跡形もなくしてしまう翔に対抗して、信也は料理手順を すっぽかした料理を作る。塩が入っていなかったり生焼けだったり。 「とりあえず食べられる」という点で信也の方が料理上手なのだ。 蛇足ながら付け足せば、リョウのレベルも翔とさして変わらない。 要するに、絵麻の代わりなんかつとめられないのである。 「・・・・・・・・」 硬直してしまったやりとりに、リリィが腰を上げた。 絵麻と台所を指さし、最後に自分を指す。 「手伝う、って言ってるの?」 「・・」 こくりと、リリィが頷く。 リリィは絵麻には及ばないものの、この3人よりは数段まともな料理が作れ る。 3人がそろって料理下手だという説もあるが。 「じゃ、リリィ。頼むな」 「・・・・」 リリィは微笑むと、翔をともなって台所に行った。 「これ、洗うの?」 「・・・。・・・・・・・・・・」 「わかった」 2人の声が聞こえてくる。 それを聞いて、絵麻ははあっとため息をついた。 「わたしが作らなきゃいけないのに……」 「絵麻」 「だって、これじゃわたしのいる意味がなくなっちゃうよ……」 肩を落とす絵麻に、リョウが口調をやわらげて告げる。 「絵麻。たまには休むことも大事だと思うよ? 絵麻はずっと料理作ったり、 掃除したり、休日なしで働いてるんだから」 「そんなの、寮監さんなら当たり前だよ。だからわたしの意味がなくなっちゃ う」 いやいやと駄々をこねるみたいに首を振る絵麻を見て、リョウと信也は顔を 見合わせた。 「自分の意味ねえ……」 「若い頃は自分の存在意義に悩むっていうのがよくある話だけど」 それにしても、この場合は例外だろう。 「とりあえず、クッキーでも食べる?」 リョウはいつもなら絵麻がするみたいに、クッキーをすすめた。 絵麻は『疲れた時には甘い物』といって、誰かが疲れた様子を見せればクッ キーをすすめたり、ココアを入れてくれたりするのだ。 が、絵麻はクッキーを見ると、何かを思い出したように表情を凍らせた。 「絵麻?」 「……」