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 中央西部、エヴァーピース。
 PC本部が拠点をすえる、森に囲まれた町である。
 北にPC本部の建物があり、そちらを中心に市街地が形成されている。
 都会っ子の絵麻には想像もつかない小さな町だから、店もぽつぽつとしかな
い。
 今日はそのなかの洋品店を訪れていた。
 必要な物をそろえるのに、絵麻は何度かこの店に来たことがあった。無論1
人ではなく、誰かと一緒に。
 今日はリリィ=アイルランドが一緒に来ている。
 輝く陽光のような金髪。切れ長の瞳は瑞々しい新緑の色。透明感のある陶磁
器のような白い肌。
 そして、雪の女王を思わせる氷の美貌。
 絵麻とは全く対極の位置にいる美少女だ。
 緩くウェーブした金髪をリボンでそっけなく1つに束ね、ハイネックに紫の
ショールをまとっていて、地味なデザインのロングスカートが足を慎み深く隠
す。
 もっと華やいだな格好をすれば、求婚者の列がそれこそここから中央都まで
続くだろう。
 絵麻の方は肩につくかつかないかの長さの黒髪に、澄んだ茶色の瞳と純粋日
本人の面立ちだ。やや童顔ぎみで、黒髪は左側だけをピンでとめてある。
 変わったカッティングの制服の上から瑠璃色のカーディガンをはおってはい
るが、足元は夏の短いスカートのまま健康的な足を露出している。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・?」
 リリィが唇を動かすが、声はしない。
 彼女は過去にあったある出来事が原因で声を失っている。その出来事という
のも何があったのか、そもそも何かあったのかさえ釈然としない。当の本人が
断片的な記憶喪失になってしまっているから。
「え? 遅いねって?」
 答えた絵麻に、リリィは首を振るとポケットからメモ帳を出して綴った。
『貴女は冬物を買わなくてもいいの?』
「あ、わたし? わたしは今日はいいや。今日はアテネの服見に来たんだし。
 アテネ、そろそろ着れた?」
 絵麻がカーテンの向こう側に声をかけると、今ボタンをとめているから待っ
て、と声が返ってくる。
 今日2人はアテネ=アルパインの服を見立てにきたのだ。
 アテネはつい先頃『NONET』にやってきた、シエルの妹である。
 兄と一緒に孤児院で育ったのだが、紆余曲折を経て4年前に地方貴族の養女
になった。
 『養女』といえばきこえはいいものの、実際は玩具奴隷である。
 偶然その屋敷を調査することになった『NONET』と彼女は出会い、外に
連れて行ってくれるようにと頼んだ。兄に――シエルに会いたいと。
 そこでまた一騒動も二騒動もあったのだが、アテネは兄の元に戻ってこれた。
 貴族の見栄え重視のワンピースでは出歩けないということで、今日は外歩き
にちょうどいい服を買いに店のあるPC本部近辺まででてきたのである。時間
の融通がいちばんきく絵麻と、それから見立てのいいリリィと一緒に。
「できた。ボタンとめられたよ♪」
「じゃ、開けてもいい?」
 絵麻が聞くと、アテネはサッシの弾けそうな勢いでカーテンを開けた。
 くるくるとうずまくプラチナブロンドのくせっ毛と、きれいな青の瞳。面立
ちはまだまだあどけなくて可愛らしい。人に守りたいという気持ちを起こさせ
る雰囲気を持った女の子だ。
「見て見て♪ すっごく可愛くない?」
 そのアテネが着ていたのは、藍色のシャツワンピースだった。
 シャツの襟と、そこからスカート部分にまで続くボタン。たっぷりした袖は
腕をおろすと指先まであり、袖の部分はシャツの襟と同じ布で縁取ってある。
 スカートも足首まで届く長さで、アテネが動くとふわりと裾が広がった。
 瞳の青に、藍色があつらえたように似合っている。
「あ、似合う」
「ホント?」
「・・・・・? ・・・・・・・・・・・・?」
「全然きつくないよ。ちょうどピッタリなの」
 この服は店のショーウィンドに飾ってあったものだった。
 アテネはしばらくじーっとみつめていたのだが、絵麻とリリィが服を選び出
すとすぐにそっちにまざってきた。でも、ちらちらとショーウィンドに目をやっ
ているのを見て、リリィが『着せてもらったら?』と促したのである。
 そのリリィだが、たっぷりした袖をつかんで何事か言った。
「・・・・・・・・・?」
「?」
 アテネはきょとんとする。リリィと会ってから日が浅いので当然か。
 でも、絵麻はリリィの言いたいことがなんとなくわかるようになっていた。
「袖が長すぎないか? って言ってるの?」
 リリィが微笑んで頷いた。
「あ、当たり?」
 絵麻もほっとして笑う。絵麻はリョウや翔のように唇が読めるわけではなく、
 雰囲気で察しているのである。だから外れることもある。
「袖……」
 アテネは自分の手を胸まで持ち上げてから、すがるように言った。
「アテネ、すぐ大きくなるから大丈夫だと思うんだけど」
「いくつだっけ?」
「14歳」
「じゃ、いいんじゃない? まだ伸びるかもしれないし、それ似合うし」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 リリィが服をつかんで、そっと会計口の女性を示した。
 着たまま会計してもらいなさいと言っているのだ。今着て来た服はいちばん
サイズの近かった唯美からの借り物で、ピンクのセーターにキュロットという
ちょっと寒そうないで立ちだったから。
「♪」
 くつをはいて歩きだそうとして、アテネははっと立ち止まった。
「ねえ、絵麻ちゃん」
「何?」
「お金大丈夫かな? この服、ショーウィンドに飾ってあったし」
「大丈夫よ」
 絵麻はぱたぱたと手を振って。
「シエルがちゃんと払ってくれるから、ね」
 横にいたリリィに話しかける。
「お兄ちゃんが?」
「うん。あれで結構お金持ってるんだから。大丈夫」
 鈴を張ったような目をみはる相手に、リリィはこくりと頷くと。
「・、・・・」
 優しい仕草で促した。
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