4.逆転 「よっと」 通信機に信也が手を伸ばす。 「受信しました。第8寮です。どうぞ?」 『あ……あの……』 低く、震える声だ。 「どうしました?」 『あの……その……そこに、絵麻ちゃんはいますか?』 「絵麻ちゃん?」 自分の名前が出され、絵麻はぱちぱちと目をしばたかせる。 「あれ。これっておかしくない?」 相手の声が聞こえるようにと細工しながら、リョウが首をひねった。 「どこが?」 「こっちの通信機は『NONET』の専用じゃなかった?」 「え?!」 『NONET』用の通信機は、翔の作った端末からじゃないとかけられない。 そして、翔は端末を誰にも貸していない。 「誰かに正体がバレ……うぐっ?!」 「黙って!」 叫びかけた絵麻の口を翔とリリィが両側から閉じにかかる。 信也も厳しい表情になって。 「お前は誰だ?」 『…………』 受話器の向こうが沈黙する。 やがて、小さな小さな声が名前を告げた。 『アテネ。アテネ=アルパイン』 「アテネ?!」 その場にいた全員がぎょっとする。 「アテネって……えっと……」 「かして!」 絵麻は信也から受信機を渡してもらった。 「もしもし、アテネちゃんなの?! わたし、絵麻」 『絵麻ちゃん?』 相手がたちまち涙声になる。 『よかった……この通信機、絵麻ちゃんのだったんだ』 「どうしてアテネちゃんが通信機持ってるの?!」 『これ、みんながいなくなった後部屋に転がってたの。お義父さまにみつかっ て取り上げられそうになったんだけど、絵麻ちゃん達が落としたのかもしれな いと思って、必死におもちゃ屋さんのおまけって嘘ついて、絵麻ちゃん達のも のならもしかしたら、お兄ちゃんのことわかるかもしれないと思って……』 そのままぐずぐずと泣きはじめる。 「アテネちゃん、泣いてるの?」 『絵麻ちゃん……アテネ、お兄ちゃんに会いたい』 「お兄ちゃんって、シエル?」 『ずっと我慢してたの……お兄ちゃんに会いたい。シエルお兄ちゃんに会いた いよぉ……』 「アテネ!」 スピーカーから漏れてくる泣き声をきいて、たまらずシエルが受信機を絵麻 から奪い取った。 「アテネ、聞こえるんか? 兄ちゃんここにいるから、だから泣くなよ!!」 『……お兄ちゃん?』 シエルは少しばつの悪そうな表情になって。 「そう。オレだよ。声わかるか? 4年経ってるから変わっちまったけど」 『お兄ちゃん……お兄ちゃん!!』 声の最後が嗚咽に変わる。 『あのね、アテネ……会いたくって……けど、お金、払い終わらないと……お 義父さまとお義母さまが出してくれないっていって……お兄ちゃんはアテネの お荷物だから忘れなさいって言われて……でも、でもね、アテネ、忘れられな くって、どうしてもお兄ちゃんに会いたくて……。 ねえ、お兄ちゃん。どうしてすぐに帰っちゃったの? アテネのこときらい になっちゃったの?』 「嫌いになるわけないだろ!」 しゃくりあげながら告げられる声を、シエルが否定する。 「オレだって会いたかったんだ。4年間ずっとずっと。でもな、オレわかんな くて。 貴族の屋敷で何不自由なく暮らせる方がお前にはずっといいことなんじゃな いかって、そう思いこんでて……」 『アテネは貴族のいうことをよく聞いて、お金をもらわないとお兄ちゃんの腕 が壊れてしまうよって院長先生に言われた……』 「そんなことない! オレたちだまされてたんだ。オレの腕は大丈夫だし、ア テネが貴族に奉仕してやる理由もない!!」 『じゃあ、アテネはお兄ちゃんと一緒に暮らしてもいいの?』 「いいに決まってるだろ! いいに決まって……」 ふいに言葉につまって、シエルは受信機を絵麻に投げた。 青い瞳から雫がこぼれて床をぬらしたのを、絵麻はみないふりした。 「アテネちゃん、聞こえる?」