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  30分後。
  夕食を食べ終えた翔がリビングにきて、呼び出されてきたシエルと向かい合
わせに座った。
  他のメンバーはそれを取り囲むように座っている。
「今日1日使って調べたんだ」
  翔は言うと、手際よく何枚かのプリントを机に示した。
  何かのプリントアウトらしいが、どれにも判をついた跡がある。契約書らし
い。
「これ、何だ?」
「読んでくれる?」
「えっと……『アテネ=アルパイン売買における契約書』だって?!」
  シエルがぎょっとしたように翔をみる。
「シエルがいたって孤児院をデータベースで調べて、信也と2人でそこに行っ
て来たんだよ。どうみてもちぐはぐだったからね」
「ちぐはぐ?」
「絵麻と哉人の言うアテネの主張と、シエルの主張が全然違ったんだ。シエル
は妹は自分裏切って金目当てに貴族のところに行ったっていうし、絵麻たちか
ら話を聞いてるとどうも身売りしたみたいだったし。どっちも嘘ついてる形跡
は全くないし」
「それで?」
「誰か1人、嘘をついてる人がいる。それを調べて来たんだ」
「この筆跡。まさか……」
  シエルが書類をつかんで、翔と信也とを交互に見る。
「うん。シエルがいた孤児院の院長先生に会ってきた」
「え?!」
「結構あっさり話してくれたよな。火炎弾(ファイアーボール)一発で済んだし」
「痺れさせたのもきいたかな?」
「な……何をやって……」
「さあ?」
  にこにこと目を合わせる2人を見て、絵麻はこれ以上追及するのは止めよう
と思った。
「結論から言うけど……シエル。君はだまされてたんだ」
「……え?」
「アテネはお金が目当てで貴族のところに行ったんじゃない。シエルの腕のこ
とを持ち出されて、仕方なく行ったんだ」
「腕のこと?」
  信也が後を引き取って続ける。
「何でも、シエルが原因の借金があるから孤児院は貧乏で貧乏で仕方がないっ
て脅したんだそうだ。シエル、お前腕の手術しただろ?」
「ああ。骨だけ成長して肉突き破りそうになったんで、PCの戦争障害者保証
使って骨の成長を止める手術をしたことがあるけど」
  シエルは袖の上から、自分の10数センチしかない右腕をおさえた。
「保証金と、未成年だってことで成人してから払うっていう育成補助金使って
手術代にして。そのぶんオレはちゃんと払ってきたけど」
 右腕をさすりながら、だいたいは返し終えたとシエルは付け加えた。
「だから、そこで嘘をついたんだ」
「『その金は孤児院で支払った。おかげで貧乏で仕方がない』ってな。アテネ
はそれを出されて、自分の兄貴のせいで孤児院じゅうが不幸になると思って、
それで首を縦に振ったんだと。可哀想な話だぜ」
  それじゃ、アテネが動こうとしなかったのは……?
「ここに事務手続きの書類もある。『アテネ=アルパインはウェイクフィール
ド様の養女となり、屋敷に在住するごと1年に10万エオローが孤児院に支給さ
れる』って。これを見せられたんじゃないかな」
「手術って、いくらかかったの?」
「100万エオローだったかな。3分の2をPCに負担してもらって、残りを
払ったけど」
  それでも結構な大金だったと、シエルが息をつく。
「ここからは推測だけど、アテネは100万エオロー払えって言われたんだろ
うな。その時10歳ならPCの保証とかには詳しくないんだろ?」
「ああ……オレはアテネを関わらせないようにしてたから」
  シエルがうなだれる。
「アテネをそうやって貴族に売りさばいて、仕上げにシエルに嘘をついたんだ。
望んで貴族の娘になったんだって。お荷物のシエルから逃れたいって」
「なんでそんな意地悪なことを言ったの?」
  絵麻にはてんで理解できない。
  絵麻が知っている孤児院の院長はシスター・パットだ。シスターがそんなひ
どい計画をしているところなんて考えつかない。
  それとも、自分が知っているシスターは『うわべだけ』なの?
「シエルのせいでアテネが全然養女に行かなくて、何度も養子縁組の話が潰れ
るのが院長は面白くなかったんだと」
  これは2発目の火炎弾で白状してくれたと、信也がさらっと付け加える。
「貴族に脅されたんですって泣いてたけどね。実際、莫大な金を払ってもらえ
ることを知って目の色変えたのはあの院長らしいし」
「やっぱり、どこの孤児院も院長先生って悪い人なの?」
「違う違う」
  翔が首を振って。
「シエル達がいたところは私営の孤児院で、北部に近いところにあるから……
貧しさについ魔がさしたというか。実際わあわあ泣いて謝ってたし」
「信也が脅したからとかじゃなくって?」
「こらこら」
  まぜかえした唯美を、リョウがあわててげんこつで口止めする。
「それに、シスターのこと誤解しはじめてるみたいだけど、あの人は優しいい
い人よ?  PCの保護がなくて貧しかったとして、いくらお金を積まれても子
供が不幸になる場所へは渡さないんじゃないかしら」
  リョウが言って、横でリリィがこくこくと頷いている。
「じゃ、シスターは悪い人ではなくて、アテネちゃんがあの貴族のところにい
る理由はないんだね?  ここに来て、シエルと一緒に暮らしてもいいんだね?」
  絵麻はぱっと表情を明るくしたのだが、シエルが口をはさんだ。
「でも、オレはアテネのこと冷たく突き放してしまっているし」
「そんな……」
「それに連絡手段がないだろ?  屋敷にはいずれ忍びこむとして」
  忍びこんだところで、うまく連れ出せるかはわからない。ヘタに騒ぎを大き
くすれば、こっちにだって危険がおよぶ。
「そっか」
  全員が言葉をなくす。
  その時、居間にあった通信機が、鋭い非常音を立てた。
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