台所にはさっき買ったままの商品袋がそのまま置いてあった。 買い物を済ませた後に招集がかかったので、冷蔵庫に収める間もなくでかけ てしまったのである。 その商品袋を横目で見ながら、絵麻はやかんにお湯をわかしていた。 「……」 平気だ、といってはいたが、絵麻の心の中は複雑だった。 自分のトラウマになったのとほぼ同じ出来事を目の前で見てしまったのだ。 唯美の狂おしいまでの瞳も、血が飛び散る瞬間も。 (怖い……) 本当は泣きたかった。泣いて、リリィの胸にすがりたかった。 それをしなかったのは、カノンの言葉があったからだ。 泣けば弱くなってしまう。だから泣いていてはダメだ、と。 弱くなりたくなかった。 ただでさえ大変なことになっているこの現状に、これ以上揉め事を起こした くなかった。 やかんをかけた火を見つめる瞳が、火を映して僅かに揺れる。 その時だった。 「絵麻?」 誰かが台所に入って来た。 「翔」 「お湯わいてないかな? リョウが持って来て欲しいって」 「それだったらこれがもうすぐわくけど」 絵麻はやかんを指で示した。 お湯がわくまで、2人はずっと黙っていたのだが、唐突に翔が絵麻を呼んだ。 「絵麻」 「何?」 翔は絵麻の目が僅かに潤んでいるのをみて、静かに言った。 「泣いていいんだよ」 「え?」 絵麻は翔を見て、彼が自分をいたわるようにみつめてくれているのを感じる と小さく首を振った。 「泣いちゃダメ……弱くなっちゃう」 「泣くことは弱いことではないよ」 翔は絵麻の肩に、そっと焼けた手を乗せた。 「泣きっぱなしになることが弱いんだ。泣かないことは強いことじゃない。 泣いてもまた笑えることが強いんだよ」 絵麻は肩に置かれた手の温かさを感じて……そして頷いた。 その頬を涙のしずくがこぼれおちる。 「わたし……怖かったの」 あふれた涙が頬を伝い、制服の襟にしみを作る。 「怖くて動けなかった。怖かった……」 「わかるよ」 翔は言って、軽く絵麻の髪を撫ぜてくれた。 「唯美を止められたかどうかは、僕だって自信がないもの」 「わたしは全部見ていたのに止めてあげられなかった。ねえ、封隼は大丈夫? 死なないよね?」 「リョウが必死になって手当してるけど、正直わからないみたいだな」 翔は沸いたやかんを手に取った。 「大丈夫だよね……」 絵麻はいつものようにポケットのペンダントを握りしめ、亡くなった祖母に むけて祈った。 (お祖母ちゃん。どうか封隼と唯美を助けてあげてください)