「治療効! 治療……」 「もう止めろって。さっきから効果があがってないだろう?」 必死に能力を使い続けるリョウを、信也が止めた。 あれからリョウは能力を使いながら手当を続けた。傷は胸部の刺し傷と右頬 の切り傷だけだったのだが、出血が酷くなかなか回復してくれなかった。 リョウの能力は回復能力である。対象に自分の体力を分け与え、本人の自己 治癒力を高めて回復させる。 だから、相手が死んでしまい、自己治癒力が0になってしまった場合は能力 が発動しない。また、分け与えるリョウの側の体力が減ってしまっても使えな い。 力で得られるメリットは大きいのだが、そのぶんだけ背負っているリスクも 高い。回復はそんな能力なのだ。 「お前、疲れてるんだ。それ以上はムリだよ」 「でも、まだ封隼が回復しきってない! 治……」 能力を使いかけたリョウの顎を強引につかんで、信也が自分の方向を向かせ る。 「いいか? どれだけ封隼が回復しても、医者の治療が必要な状態にかわりは ないんだろう? 医者のお前が倒れて、指示出してくれる人がいなくなると元も子もないんだ。 わかるな?」 「けど、助かる人を見殺しにするのはあたしは嫌なの。カノンの時だって、そ れに、あの時だって……」 信也は一瞬悲しげに幼なじみをみやったが、すぐに表情を元に戻した。 「とにかく、もう能力は止めて普通の手当にしよう。どんな感じ?」 「傷のほうはある程度までふさいだ。けど、出血が相当酷かったから、ショッ クを起こしかけているの」 「血が足りないってこと?」 「そういうこと」 「えっと……何だっけ? 血を入れる何かがなかった?」 「輸血?」 「そう。それ」 リョウは信也の顔をみてから周りを見回し、息をついた。 「ここには保存血がないのよ」 「ホゾンケツ?」 「輸血用にためてある血のこと。今から病院に取りに行くっていうのも手段だ けど、目を離して行くのは不安だな……」 リョウは言いながらかけ布団を直してやったのだが、あることに気づいて声 をあげた。 「あっ!」 「どうした?」 リョウは封隼の力の入っていない腕を調べていた。 「手がどうかしたのか?」 「折れてる」 「え?」 「ここ見て。腫れてるでしょ?」 リョウがつかんだ部分は、確かにぼこぼこに腫れ上がっていた。 「左手もだ。この子、腕が両方ともやられてる」 「唯美が折ったのか?」 「違うわ。多分あの時の……」 封隼はシエルに向けられた棍を素手で止めたことがある。何ともないふうだっ たから誰も追及しなかったのだが、骨が折れていたとは気づかなかった。 「相当痛かったんじゃないかな」 リョウは添え木になるものを探すと、包帯で腕を固定してやった。 「バカだよな……何も言わないなんて」 「腕はこれでとりあえず後回し。ショックを起こさないでくれればいいんだけ ど」 「そんなのできるのか?」 「わかんない。一番いいのは一刻も早く輸血することだけど」 「輸血って、同じ血液型の奴を使うんだよな? こいつ何型?」 「翔が知ってると思うんだけど」 その時、やかんを持った翔が戻って来た。 「はい。お湯持って来たよ。具合は?」 開けられたままのドアの向こう側から、残りのメンバーが心配そうに部屋の 中をのぞきこんでいる。 「輸血しないと危ない。この子の血液型わかる?」 「確かABだと思ったけど」 血液データは医者の立ち会いで測ったものだから正確だと、翔はそう付け加 えた。 「AB型の保存血を何とか交渉してもらってくるしかないかな」 「ねえ、血がいるの?」 ドアの向こう側から、唯美が声をかけた。 「そうよ。あんたは助けたくないかもしれないけど、あたしは医者として助け られる患者は助けたいの。だから何も言わないでね」 「違う」 唯美は首を振った。 「アタシの血を使って」 「え?」 「アタシと弟は血液型が一緒なの。アタシもAB型」 言って、唯美は自分の腕を差し出した。 「お願い……あの子を助けて。ずっと探してた弟を殺してしまったら、アタシ、 母様にも父様にも顔向けできない。生きることも死ぬこともできないよ」 苦しげな声。 一族の血を誰より大切にしている唯美の言葉に、リョウは信也と目を見合わ せた。 「それでいいのね?」 「うん」 「封隼が弟じゃなかったとしても後悔しない?」 「弟じゃなかったらなおさらよ。無関係な人を殺せない」 唯美は静かに、しかしはっきりと言い切った。 その瞳はもういつもと同じで、狂った光はかけらも見られない。 「じゃ、部屋に入って。他のみんなは悪いけど今はすることないから、リビン グででもゆっくりしてて。一区切りついたら連絡するから」 言って、リョウはふたたび扉を閉めた。