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  リョウは第8寮に戻るとすぐ、医務室に使っている1階の部屋に封隼を運び
込んだ。
「あたしが手当する。絶対に死なせないから」
  リョウはそう言って、扉を閉めようとした。
「俺もやる。お前1人じゃムリだ」
「うん」
「僕も手伝うよ」
「じゃ、翔は居間の救急箱取って来て。お願い」
  リョウはそれだけ言うと、信也を入れて扉を閉めた。
  翔が救急箱を取って来て中に入ってからは誰も動きがなく、5人はなすすべ
もなく廊下にわだかまっていた。
 絵麻はリリィにかりたショールにくるまったままで、ただ震えていた。
  リリィがずっと側にいて、肩を抱いていてくれたのだが震えは収まらない。
「・・・。・・・・・・・」
  リリィはそう言って、ずっと肩を抱いていてくれた。
  けれど、彼女だって不安なのだ。
  唯美はナイフを手にしたままだ。いつ逆上して切りかかってくるかわからな
い。
  リリィなら防ぐ術ぐらい知っていると思うのだが、一度剣を出せばどちらか
が引くまで戦うことになる。
  これ以上、血を見たくなんかない。
「あいつ、大丈夫かな」
  シエルの声が廊下にこぼれた。
「シエルは……心配なの?」
  意外さに絵麻は目を見張った。我慢していた涙がこぼれおちそうになる。
「心配っていうかさ、目覚めが悪いだろ。姉弟で殺し合いなんて」
「封隼が死んじゃえばいいとか思わないの?」
  なんとなくだが、絵麻が感じていたことだ。
  封隼が武装兵だったのは変わらない。だからこそ唯美は刃を振り上げた。
  死ねばいいと思っているメンバーが他にももっといるような気がしていた。
「絵麻はそう思ってるわけ?」
「ううん」
  絵麻は首を振った。
「死んでほしくない。そんなの、わたしと同じになっちゃうよ……」
  絵麻はぎゅっとペンダントを握りしめた。
  涙がこぼれおちそうになる。
  さっきからずっと、絵麻は声をあげて泣き出したい気持ちにかられていた。
 唯美がナイフを構える前からずっと。
  けれど、泣けなかった。
  『泣いてちゃダメ』
  亡くなったカノンの言葉がよみがえる。
  泣いていてはダメ。弱くなってしまう……強くないと。
  弱くなりたくない。
  弱さをみせて、これ以上重荷になるわけにはいかない。
「……こんなの望んでなかった」
  唐突に、唯美がそう言った。
  途端にシエルが気色ばむ。
「そりゃそうだろうな。絵麻が見てたばっかりに封隼、殺せずじまいになった
わけだからな」
「違うの」
  唯美の声は震えていた。
「弟が武装兵だなんて望んでなかった。けどね、アタシが弟を殺すことはもっ
と望んでなかった」
「それじゃ、何でお前ナイフなんか使ったんだよ」
「望んでなかった!  気がついたらこんな……!!」
  唯美は返り血でべっとりと汚れた手を掲げた。
「アタシ……アタシね。自分はどれだけ汚れても構わなかったの。どれだけ血
を流しても、間違った道を歩いてもよかった。それで弟に会えるのなら」
「……」
「あの子には綺麗なままでいてほしかった。10年前の、小さな子供のころと同
じ、無邪気なままで。だから望んでなかったの。
  それが無理だったから……苦しくて苦しくて、もうどうしようもなくて。気
がついたら」
  唯美の手も、服も、ぐっしょりと返り血で濡らされている。
「アタシもあの子も血だらけになってしまった」
「唯美、お前は封隼に死んでほしかったわけじゃないんだな?」
「……そう」
  シエルの言葉に、唯美の手から離れなかったナイフが、カランと音を立てて
廊下に転がった。
「死んで欲しかったわけじゃない。殺したかったわけじゃない。アタシ……ア
タシもっとお姉さんらしいことをしてあげればよかった! もっと素直ならこ
んな事にはならなかったのに……」
  封隼と同じで華奢な肩が、震えて細められる。
  その言葉に、絵麻は心の中にひっかかりを作っていたトゲが溶けていくよう
な感じを覚えた。
  封隼の事情。唯美の事情。
  同じようなことがひょっとして、自分と姉の間にもあったのでは……?
  絵麻は肩を支えてくれていたリリィの手を静かに外した。
「・・?」
「リリィ、ありがとう。わたしはもう平気」
「・・・・・?」
「うん……」
  絵麻は無理やりに笑顔を作った。
「お茶いれてこようか」
「え?」
「みんな疲れてるでしょ?  それに、長期戦になりそうだし」
  絵麻はその場から逃げるように台所に向かった。
  泣き出してしまうのが怖かった。
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