「おはよう。翔、何してるの?」
翌朝。
絵麻が階下に降りて行くと、コンピュータの前で翔が分厚い資料を何冊も広
げていた。
「あ、絵麻。おはよう」
「調べ物?」
「うん。ここのパソコンのほうが処理速度が早いからね」
「何を調べてるの?」
絵麻は傍らに積まれた本のタイトルを読んでみた。
「えっと『現代における特殊能力者とその種類』と『特殊能力の系譜』?」
「一度読んでみる? 面白いよ」
「うー……止めとく」
どちらも辞典クラスの分厚さに文字がびっしり。さすがに読む気はしなかっ
た。
「『特殊能力』って、パワーストーン?」
「ううん。違う」
翔はあっさりと否定した。
「パワーストーン以外にもね、独特の力を使える人達がいるんだ。血を引くこ
とで力が使えるようになるやつ。古代南部の放浪者とか、古い民族によくある」
「そうなの?」
「唯美がそうだろ?」
「あ」
「唯美は『隼』っていう、東部の特殊能力一族の末裔だから」
「これのこと?」
絵麻は机の上に束ねて置いてあったプリントを手に取った。
タイトルは『隼一族における能力発祥例の研究』となっている。
そのプリントの間から、1枚の固い用紙が滑り落ちた。
「あれ?!」
「ああ……大丈夫だよ」
翔が床に落ちる前に受け止め、内容を確認する。
「それは何?」
「封隼の個人データ」
「え?」
「ユーリから登録用にもらったやつ。僕が預かってるんだ」
絵麻は翔の後ろから、そっとのぞきこんでみた。
判別用名称:海封隼。推定年齢:15歳。出身:北部武装集団領域を想定……。
「データが推定ばっかりなんだよな」
「海君のこと調べてたの?」
「うん」
翔が頷く。
「封隼のあの力……何か使えないかなーと」
「……え?」
「血筋が影響してると思うんだよね。それで地方の系譜とか、風習とか調べて
るんだけどこれがまた面白くて。徹夜しちゃった」
怖いとか気持ち悪いとか、そういうことにはいっさい頓着していないらしい。
しかも、徹夜明けだというわりに思いっきり笑顔である。
「それで?」
絵麻は話を流すことにした。
「ああ……」
翔は口を開きかけたのだが、途中でかぶりを振った。
「翔?」
「今は止めておくよ。まだ推測の域だから」
「いっぱい調べたんだね」
「面白くてね。それに、こういうことなら得意だし」
「ねえ、翔は海君のこと悪い人だとと思う?」
「うーん……」
翔は頬をかいていたのだが、深い茶色の目を真っすぐ絵麻に向けた。
「武装兵の子供だからって悪い奴だとは言い切れないと思うんだ。現実に、僕
らに刃向けられたわけじゃないしね。情報に躍らされるのはよくないと思う」
「あ」
その言葉に、絵麻は打たれたようにはっとなった。
「絵麻?」
「わかった。何がひっかかってたのか」
自分の中に生じたひっかかりの正体が、望遠鏡のピントがあったように鮮明
になる。
「ひっかかってたって、何が?」
「わたし、自分のこと考えてた……」
かつての自分。
姉の流す情報をうのみにし、『ダメな子』『人間として最低』という見方し
かしてくれなかった世間。
それが事実だという保証なんか、どこにもなかったのに……。
「……そっか」
「わたし、決めた。ちゃんとしゃべってもいないのに、悪い人だなんて思おう
とするの止める」
絵麻の澄んだ茶色の瞳が、朝日を弾いた。
「で、どうするの?」
「しゃべってみる。話聞いて、そこから決める」
「それなら『海君』は止めたほうがいいかもね。他人行儀だから」
「翔もしゃべる?」
「僕? 僕は……あの無口なキャラはどうも苦手なんだよな……」
困ったような言い方をしながら、でも翔の目は笑っている。
「あ。翔、矛盾してる」
「いじめないでよ。ここの整理で手一杯なのに」
「そうだ。朝ごはんできる前に片付けといてね♪」
「わーーー! それはちょっと待って!!」
これは本気で困った翔の声に、絵麻の笑い声が重なった。