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「そんなことがあったんだ」
 絵麻は枕を抱きかかえながら言った。
 場所は第8寮の端にある、絵麻の自室である。
「そうよ。凄かったんだから」
 唯美が眉間にしわをよせながら言う。
 翔たちと合流し、全ての処理を終えてから事務手続きをユーリに委ねて、絵
麻たちは第8寮に戻ってきた。
 シャワーを浴びて就寝……と絵麻はスケジュールを立てていたのだが、唯美
に強引に自分の部屋にあがりこまれ、話につきあわされていたのである。
 あまりつきあいたくない気分だったのだが、そんな絵麻の気持ちを知ってか
知らずか、向かいの部屋を使っているリリィも付き合ってくれていた。
「とにかくえぐくてグロくて。内臓ぐっしゃぐしゃのスプラッタ。それを素手
でやるんだよ? ざしゅざしゅざしゅって」
「……」
 絵麻は眉をしかめる。聞いていて気持ちのいい話ではない。
「信じられない。しかも笑顔だよ? すっごくイキイキしてんの。なんであん
なにできるかな」
「本当に?」
「嘘ついてどうするのよ」
「やっぱり悪い人なのかな」
「『やっぱり』って、絵麻ってばアイツいい奴だと思ってんの? バカみたい」
 唯美がばしんと一発、絵麻の背を叩く。
「アイツ武装兵よ。悪い奴じゃない」
「だけど……」
「絵麻は見てないから言えるのよ。すごく気持ち悪かったんだから」
 その時、2人の間にリリィのメモ帳が割り込んだ。
「? 何?」
「えっと……『唯美だってやったんでしょ?』」
 思わず振り返った絵麻に、リリィは自分の手で自分の体を十字に切りつける
まねをした。
「どういうこと?」
「そーゆーことよ」
 その時ドアが開いて、リョウが入ってきた。
「あれ、リョウ? どうしたの?」
「明日も仕事なのに、いつまでもわいわい騒いでるから」
 リョウが指さした時計は、とっくに寝る時刻を回っていた。
「あらら」
「ここ、防音効果弱いんだから。筒抜けなのよ」
 コンコンとドアを叩いてみせる。
「ごめん」
「明日起きていられるんなら徹夜でも何でも止めないけどね」
 言って、リョウは部屋から出て行こうとした。
「あ、待って」
 その背中を絵麻は呼び止める。
「何?」
「どういうこと? 唯美も同じことしたの?」
「ああ」
 リョウは唯美を見てから言った。
「唯美だって殺してるのよ。相手の動き止めてから切り殺すって残酷な方法で」
「え!?」
 非難するような絵麻の視線に、唯美は強い漆黒の面差しで応えた。
「アタシは悪くないわよ」
「唯美?」
「アタシは武装兵を殺したの! これは正当防衛。アタシは悪くない!!」
 ばさっと帽子を脱ぎ捨てて。意外なほど長い漆黒の髪を、ぐしゃぐしゃにか
きまわして。
「武装兵を殺すのはみんな同じじゃない。翔だってリリィだって……わたしだっ
てそう。
 海君、悪くなんかないんじゃないの?!」
「アイツは武装兵よ! 悪いに決まってる!!」
 唯美は扉を叩きつけると、そのまま部屋を出て行ってしまった。
 直後に扉の閉まる音が派手に響いたから、自室に戻ったのだろう。
 あとには呆然とした表情の絵麻と、リリィとリョウとが残された。
「……唯美、怖い」
 絵麻は思わず呟いていた。
「実際、かなり殺気だってるもんね」
 リョウがおてあげだという風に肩をすくめる。
「確かに前々から性格はキツかったけど、こんなじゃなかったのにな」
 横でリリィが何度も頷いた。
「やーね。せっかく絵麻もなじんできたのにギスギスしちゃって」
 リョウは笑顔を作ると、ドアノブに手をかける。
「それじゃ、あたしはもう寝るから。リリィはどうする?」
「・・・・・・」
 リリィも腰掛けていた椅子から立ち上がる。
「ね、もう1回待って。あと1つだけ教えて?」
 絵麻は2人を呼び止めた。
「今度は何?」
「あの子……海君は悪い人?」
「そうね。悪いんじゃない?」
 リョウはさらっと言うと、部屋から出て行った。
 一方のリリィはというと何かを懸命にメモ帳に書き綴っているようだった。
「リリィ」
「・・」
 リリィはメモ帳を破って絵麻に差し出した。
 立ったままの姿勢で書いたために少し乱れた字だったが、それはこう読めた。
『あの子は何も言ってくれない。だから、私もあの子がいいのか悪いのかなん
て言えない。いい人だって信じたいけれど』
 リリィはいつものように、暖かな微笑を浮かべていた。
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