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  その日、絵麻は買い物にでかけていた。
  NONETには8人のメンバーが在籍しているから、食料が尽きるのがとに
かく早い。
 最初、人が苦手だった絵麻は買い物にでかける回数を減らそうとまとめ買い
をしていたのだが、それでは手におえなくなってしまったので3日に1回のペ
ースで買い物にでかけていた。
「30エオーと78フェオだよ」
「はい。31エオーでおつりお願いします」
「買い物上手になったじゃないか」
  亡くなったカノンの代わりに、今はひげを生やした店長が雑貨屋のレジをき
りもりしている。
「今日は何を作るんだい?」
「ふわふわタマゴのキャベツ包み。タマゴを焼いてトマトと具と一緒にさっと
いためて、キャベツに包んで食べるの。セットで鳥肉団子のミルクスープもあ
るよ。
 店長さん、食べにくる?」
「止めておくよ。最近どこか剣呑な雰囲気だからね」
「そうなの?」
  店長は声をひそめて絵麻に言った。
「武装集団の投降兵を大量に受け入れるって動きが進んでいるらしいんだ。
そんな奴らが町に入って来てみろ?  あっというまに騒ぎが起こるね。Mr.
PEACEも何を考えているんだか」
「……」
「せいぜい黒い服を見たら気をつけなよ。カノンみたいに死んだら元も子もな
い」
「……失礼します」
  絵麻はおつりを財布にしまうと、紙袋を抱えて店を出た。
  見上げる空は眩しいくらいの快晴である。
(みんな、武装兵は悪いと思ってるんだ)
  絵麻の中にふっと、束縛され、許しを請う武装兵の顔が浮かんだ。
  自分とたいして年端の違わない、武装集団の兵士。
  苦痛と絶叫で歪んだ、少年の悲しい顔。
  どこか楽しげにさえみえる素振りで見つめていた唯美の顔。
  武装集団は世界の壊滅をもくろむ、悪い一団だ。
  絵麻の大切な友人であるカノンを殺したのだって彼らである。
  でも……投降する意志を見せている人を傷つけるのは、正しいこと?
  武装兵だからって嫌うのは、正しいこと?
  絵麻がそんなことをもんもんと考えていると、ふいにかん高い鳥の鳴き声が
聞こえて来た。
「?」
  ぴいぴいという鳴き声をたどって視線をめぐらすと、街路樹の下で、小さな
羽根をばたつかせて鳴いている小鳥が目に飛び込んで来た。
「あ」
  見上げる梢には鳥の巣があり、落ちている小鳥の兄弟らしい小鳥が数羽、身
を寄せあっている。
「あそこから落ちたんだ」
  小鳥の羽根ははばたくには幼すぎる。誰かが助けてやらなければ、このまま
木の下で衰弱死してしまうだろう。
「え……えっと……」
  絵麻は荷物を抱えておろおろしてしまった。
  鳥の巣は梢の、かなり高い位置にある。小柄な絵麻はもちろん、大柄な翔や
信也といった面々でも木をのぼらなければまず届かないだろう。
  まして、小鳥を連れて行かなければならないのである。
「どうしよう……誰か」
  絵麻は道行く人に視線をめぐらせたのだが、どの顔も素知らぬ顔で、次々と
足早に通り過ぎて行く。
「……しょうがない」
  絵麻は荷物を置くと、大きく深呼吸した。
  そのまま小鳥のほうに突進しようとしたその時。
「なんだ。あそこから落ちたのか」
  一足早く、別の人物がぴいぴい鳴いていた小鳥を拾い上げた。
「あ」
  その人物の容貌に、絵麻はどきりとなる。
  絵麻と対して年の変わらない、灰色の髪をした少年なのだが……彼は黒い軍
服を着ていたのである。
  武装集団の投降兵……さっきの雑貨屋の店長の言葉が頭の中をぐるぐる回る。
  しかし、その投降兵の少年は、思いもよらない行動にでた。
  小鳥を右手に抱えて、左手1本で木にのぼりはじめたのである。
  身軽な、体重がないもののようなしなやかさで、少年はあっと言う間に梢に
作られた鳥の巣へとたどり着いた。
  右手に抱いていた小鳥を、優しい仕草で巣の中に戻してやる。
「もう落ちるんじゃないぞ」
  少年は言って、小さく笑った。
「家族と離れ離れになるのって、寂しいもんな」
  僅かにのぞかせた笑顔が、あまりにも優しく、儚げで。
(こんな顔をする武装兵がいるんだ……)
  絵麻はしばらく、その少年に見入ってしまった。
「……?」
  少年の方も絵麻の視線を感じたようで、僅かに瞳をすがめる。
  傾き始めた陽光に、その瞳が漆黒の輝きを反射した。
「え?」
  その次の瞬間、少年は梢から飛び降りると、木の根元に置いてあった自分の
荷物をつかんでPC本部のある方角へと歩き去ってしまった。
「何か言えばよかったかな」
  無事に巣に戻された小鳥は、母親からの餌をねだってぴいぴいと元気に鳴い
ている。
「よかったね」
  絵麻は小鳥に向かって微笑んだ。
(武装集団も悪い人ばかりじゃないんじゃない)
  そう思える機会に出会えてよかった。
「♪」
  絵麻は鼻歌を歌いながら、第8寮への道をたどった。
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