時を同じくして、翔と信也はMr.PEACEの執務室に呼び出されていた。
「翔、何て呼ばれた?」
「『話がある』って。信也は?」
「俺も同じ」
信也が後ろ髪をがりがりやりながら言う。
「業務時間に呼び出されるの面倒なんだよな。残業がつくから」
「僕たち、日の当たる場所では普通の勤め人だもんね」
翔は肩をすくめた。
「Mrに呼ばれてるヒマがあったら調べ物したいんだけどな」
「調べ物? 何を」
「『平和姫』のこと」
「平和姫? そんなん、おとぎ話じゃないか」
「そうとも限らないんだよ。ほら、現実に『不和姫』が出てきているし」
「あれは武装集団が勝手に言ってるだけだろ?」
「うん……」
翔が曖昧に返事をした時だった。
「お待たせしました。どうぞ?」
執務室の扉が開き、銀髪の青年が姿を現した。
品のいいベストとスラックスに身を包んだ、Mr.PEACE直属の秘書。
名前をユーリ=アルビレオという。
「失礼します」
2人が扉をくぐった先に、年代物の執務机がある。
その席についているのは威風堂々とした風格の男性。
茶色の髪と瞳持つこの男性こそ、PC総帥『Mr.PEACE』。
ガイア全土にあるPCの頂点に立つ人物。
表面上はPC総帥として武装集団との対立を平和的解決に導く指揮者だが、
彼は裏で『あること』をしていた。
すなわち、自分の思うままに動く戦闘集団『NONET』を作り上げ、非合
法な仕事――強化武装兵処分や血星石の回収――をやっているのである。
翔、リリィ、信也、リョウ、シエル、唯美、哉人……全員を集めて第8寮に
放り込んでいるのもこの人。最も、能力者としての情報を集め、PC職員とし
ての表の顔を与えているのは彼の傍らに影のように忠実に控えるユーリだが。
「お久しぶりです。Mr」
「今日は何の用事ですか?」
「実は、少々実験したいことがあってな」
Mrが目線で合図すると、ユーリは部屋の外に消えた。
「実験って……何の?」
「この前東部で大規模な戦闘があったのは知ってるだろう?」
「もちろん」
「その時、多数の投降兵が出てな」
「投降者ならいつだって出ているでしょ? その投降者を保護、教育して社会
にとけこめるように配慮するのがPCの仕事では?」
「だから、社会適応の実験をするんだよ」
「?」
翔と信也が目を見合わせる。
「Mr、連れて来ましたよ」
その時、ユーリが戻って来た。
「連れて来た?」
2人が振り返った先にはユーリと、もう1人少年が立っていた。
「投降兵の中にコイツがいてな。武装兵特有の、並外れた戦闘能力を持ってい
る。加えて『マスター』の素質も持っているんだ」
Mrの口調は、まるで商品の宣伝でもしているかのようで。
「それが?」
信也はMrの意図をつかみかねたようだが、翔は敏感に反応した。
「まさか……Mr」
「『NONET』で実験したいんだよ。コイツが使いものになるかどうかをな」
「引き取れってことですか?!」
「はあっ?!」
2人とも思わず公式の場所であることを忘れて声をあげる。
いきなり武装兵を引き取れと言われたら当然の行動だといえるだろう。
「とりあえず2人に預ける。しばらく様子を見てくれ。ダメだったらこっちで
処分するから、連れて帰れ」
Mrは有無を言わせない調子で言った。
彼がこう言ったらきかないのは翔も信也も、経験上知っている。第一、彼ら
の直属の上司はこの人なのである。
逆らったらどうなることか。敵に回していいことは確実にないのは事実だ。
「……」
「あ、登録とかの事務処理もお願いしますね。これ書類です」
ユーリがにこにこと書類を押し付ける。
「…………」
2人は改めて、ユーリに連れて来られた少年をみた。
絵麻や唯美とたいして年は違わないだろう。
武装集団の黒い軍服。無表情な顔。
栄養不良のような灰色の髪と対照的に、瞳はあでやかな漆黒色をしている。
そう。絵麻がさっき見かけたあの少年だった。