「それで、こうなったわけ?」
NONETが本拠地にしている、第8寮の一室で。
チョコレートブラウンの髪と紫色の目を持つ少女が、腕いっぱいにすり傷を
作った絵麻を手当してくれていた。
「だって、唯美ってば手加減してくれないんだもん」
絵麻は頬をふくらませる。
「まあ、唯美の言うことも一理あるな。絵麻も少しは動けたほうがいいし」
「でもこれはやり過ぎじゃない?」
こげ茶の髪と瞳。壁に背をもたれさせて治療風景を見ていた青年の声に、唯
美の特訓(という名のしごき)にダウンした絵麻を運んできた翔が反論する。
あれから裏庭で散っ々しごかれた絵麻は、すり傷やら打ち身やらを大量にこ
しらえ、ダウンしたところを翔に助けられたのである。
彼がすぐに責任者である信也とリョウに連絡を取ってくれ、唯美はこてんぱ
んに怒られた。その後で2人がここに運んできてくれたのである。
ここは第8寮の1階に設けられた医務室だった。
ベッドは2階の部屋と同じだが、机がない代わりに鍵のかけられた棚が並ん
でいる。ガラスの扉の中には薬ビンが何種類も入っていた。
「凄いことになってるよ」
翔の指さした先に、絵麻の青アザになった膝があった。
「あ。そこまでやられたか」
「いきなり後ろに回りこんで殴るんだもの。転ばないほうがおかしくない?」
「あいつ、死角つくの得意だからなー」
青年……信也が納得顔で頷く。
「これはヒールかけなきゃだめかしら」
手当てをしてくれていた紫の瞳の少女は言うと、自分の手につけていた乳白
色の石のついたブレスレットを患部にかざした。
淡い乳白色の光が手を通じて石から放たれ、絵麻の傷痕を癒していく。
「はい、これで少しは楽でしょ」
少女……リョウのパワーストーン、月長石は癒しの力を司る。本職が医者だ
ということもあり、NONETの医療面は彼女に一任されていた。
「ありがと。だいぶ楽になったよ」
絵麻は元患部だった膝をさすりながら笑った。
「そうだ。翔に聞きたいことあったんだけど」
「何?」
翔が優しい色の目で尋ねる。
「『平和姫』って、一体何なの?」
それは、ずっと不思議に思っていたことだった。
パンドラも、アレクトも、絵麻のことを『平和姫』と呼んだ。
絵麻は『平和姫』はガイアのおとぎばなしに出てくる、平和の守り手の名前
なのだと翔から聞いていた。
それなのに、どうして?
「『平和姫』は『平和姫』だよ。おとぎばなしの平和の守り手。『姫』ってつ
くから女だとは思うけど。それがどうかした?」
「あの人たち……アレクトに、パンドラ? あの人たちみんな、わたしのこと
『平和姫』て呼んだの」
「絵麻を?」
「どうしてわたしなの? わたしのどこが『平和姫』なの?」
「どこがって言われてもな」
翔は頬をかいていたのだが、やがて言葉をつなげた。
「絵麻は絵麻だよ。他のなんでもない」
翔はきっぱりと言い切った。
「でも、それならどうしてわたしのこと?」
「そうだな。他にもっと何か言ってなかった?」
「えっと……そうだ。髪と目の色を聞かれた。何か意味があるの?」
絵麻は自分の、肩につくかつかないかのストレートヘアをつまみあげる。
「髪と目の色ねえ……」
翔はしばらく考えていたふうだったが。
「色っていっても、普通の中央人の色だよ? きれいに澄んだ目の色をしてる
けど、中央部にいけばざらにある色だし」
「うーん……」
絵麻はリョウから包帯を受け取って、膝にできた傷痕に巻き付けながら言っ
た。
「しかし、ひどくやられたよね」
リョウにヒールをかけてもらったのだが、彼女の能力は傷を完全に治せる場
合と治せない場合とがある。少し楽になったとはいえ、絵麻のひざ小僧は未だ
に青アザになっていた。
「唯美もなー……気持ちはわかるんだけど、もうちょっと手加減してくれても
いいんじゃないかな」
「でもな、あいつにはあいつの事情ってものがあるだろ」
「そうなんだよね」
唯美は『足手まといはいらない』と言った。
それは10年前に生き別れた、たった1人の弟を探すため。
唯美が『NONET』という俗に言う裏稼業に身を投じたのはひとえにその
ことが理由である。
生き別れた弟を探したい。だから強くなりたい。絶対的な、武装兵に打ち勝
てるような強い『正義』の力が欲しい。
唯美の考えはわかる。
けれど……そのために武装兵をいたぶることは許されるのだろうか?
無抵抗の武装兵を虐待する──制裁する。
それが唯美の『正義』。
わかるんだけど……それは、本当に正しいこと?
黒い軍服を嫌悪し、戦いの意志なく投降する武装兵に制裁を加える。
回復に何カ月もかかるような、酷い傷を負わせる。
自分だって唯美のような境遇におかれたら、同じ行動に出るかもしれない。
けれど、これは本当に『正義』なの?
本当にこれでいいの?
膝に巻かれた包帯を見つめながら、絵麻は釈然としない気持ちにかられてい
た。