片付けの後、絵麻は翔にここの設備について説明してもらうことになった。 「ここはPCの職員用の寮館なんだ」 「そうなの?」 「一般には『第8寮』って呼ばれてる建物。2階に部屋が並んでたの、気がつ いた?」 「うん。右も左も6つずつ」 「あれが各人の私室。正面から見て右翼が女子、左翼が男子」 「みんな、ここに住んでるの?」 「そうだよ。台所やシャワーは共用だけどね」 アパートみたいなものなのだろうか? 絵麻がきょとんとした目をしているのを見て、翔は立ち上がった。 「どうしたの?」 「百聞は一見に如かず。回りながら説明していくよ。 2、3日はここにいてもらうことになるだろうし」 翔は立ち上がると、玄関ホールへ向かった。 階段を上るとすぐ2階になる。吹き抜けになっている構造上、回廊になって いて、そこから左右に廊下が伸びていた。 「絵麻が使ってる部屋はそっちだよね。反対側に男子の部屋があるんだ」 「どの部屋も、みんな誰かが使ってるの?」 「えっと……左翼は2つ、右翼は3つ空いてるのかな? あ、今は絵麻が使っ てるからどっちも2つずつか」 「ってことは……」 絵麻は頭の中で計算してみる。 「7人住んでるの?」 「そうだよ。男子が4人で女子が3人。トータル7人。 年はだいたいみんな同じくらいかな? 19〜15歳」 「え……」 絵麻は知らないうちに顔を赤くしていた。 「そんな年頃の人達がひとつ屋根の下って……いいの?」 絵麻は祖母に育てられたせいもあり、かなり古風な恋愛観の持ち主なのであ る。 「鍵はかけるように言ってるから大丈夫だよ」 翔の方はいたってあっさりとしている。 「右翼の方は誰がどこ使ってるのか知らないんだけど……左翼は説明できるか な。こっちの、左側の一番手前は信也が使ってるよ」 「あ、それは知ってる」 絵麻は今朝、信也が開けたドアに激突しかけたのを思い出していた。 「その奥が僕の使ってる部屋」 翔はそう言うと、廊下を歩いて行った。 「ちょっと測定してみたいことがあるんだけど、来てもらえる?」 「え……うん」 絵麻はとてとてと後をついていき、翔が開けていたドアに入った。 そして絶句した。 「・・・」 広さは昨日絵麻が使った部屋と一緒だろう。置いてある家具はベッド、机と 椅子、チェストという3つは変わらないものの、壁ぞいに低い本棚が取り付け られている。机の上にはデスクトップ型パソコンがあった。 しかし、絵麻が絶句したのはそれが理由ではない。 「翔……」 絵麻は机の前で何かを探しているらしい翔に声をかけた。 「? 入っていいよ?」 「入る入らないの問題じゃないんですけど……」 絵麻は自分の足元に視線を落とした。 文字やグラフが印刷されたプリント用紙が無造作に散らばり、転がる実験用 らしい石の入ったシャーレに押さえられている。そのすきまを針金や歯車など の機械部品が埋めていて。 簡単に言ってしまえば、足の踏み場がなかったのである。 「一応、道はつけてあるんだけどな……そこのところ」 翔が指した部分は、確かに回りより少しへこんでいる。 「……いいの?」 絵麻はなるべく体重をかけないように、つま先で歩いた。 部屋に入ってよく観察してみると、本棚に入っている本も大きさやサイズが ばらばらである。机の上の棚には工具があふれかえっていて、ベッドの上もプ リントアウトされた書類や専門書で山ができていた。椅子の上には脱ぎ捨てた らしい白衣やスウェットが山積みになっている。 「あの……」 絵麻は姉との2人姉妹だから、当然男の子の部屋というのに入ったことがな い。 (男の子って、こんなに散らかすものなの?) 「何?」 「これ、最後に片付けたのいつ?」 「えっと……1カ月くらい前かな」 「……言いにくいんだけど、これで大丈夫なの?」 「うん。大丈夫」 翔の目は本気である。 「……」 絵麻は言葉をなくして立ちすくんでしまった。 それにしても、人知を越えた散らかし方である。 (こっちの世界って、みんなそうなの?) 疑問に駆られた絵麻は、翔が自分に背中を向けていることを確認すると、そっ と部屋を抜け出した。 運よく……というかご都合主義というか、隣の信也の部屋のドアは鍵がかかっ ていなかった。 「失礼しまーす……」 ドアを薄く開けて中をのぞきこむ。 と、以外に整頓された部屋がそこにはあった。ごちゃごちゃしているのは机 の上だけで、後は実にさっぱりとしている。 「……」 絵麻は無言でドアを閉めると、翔の部屋に戻った。 翔はまだ机の前で何かを探している。 「何を探してるの?」 「パワーストーンエネルギーの測定器。ここの辺りにおいたはずなんだけどな」 「それって、どんな感じの物なの?」 「カマボコ型のやつで……横に赤と青のコードのついた測定針がついてる。本 体の色は朱色」 「朱色……か」 絵麻は手近な物を隅によけながら、それらしい物を物色しはじめた。 物色しながらもついつい習性が出て、本や書類、工具類などを器用に選別し て唯一スペースが空いていたベッドの上に積み重ねてしまう。 やがて、その甲斐あってか、絵麻は目的の物を見つけ出した。 「ねえ、測定器ってこれのこと?」 床がようやく見え出した一角に、朱色の機械が置かれている。 「あ。これだよこれ。こんな下に置いたっけ……」 上に30cmも物が積もってればわからなくなるよ……とは絵麻は言わなかった。 「よかったね。みつかって」 「ありがとう」 「これ、どうするの? 何に使うの?」 「パワーストーンが内包するエネルギーを測れる機械なんだけど……ちょっと 実験したくて」 「実験?」 「絵麻、この両端を持ってくれる?」 翔は測定針のついたコードを絵麻に持たせると、カマボコ型の本体についた スイッチをいじりはじめた。 「……何をしてるの?」 「絵麻の中のエネルギーが知りたいんだ。血星石が人体に入ったらどれだけの エネルギー量になるのか」 「人間も測れるの?」 「パワーストーンエネルギーって、人なら誰でも潜在的に持ってるものなんだ。 ±2の間で常に揺れてるんだけど、決してその領域を越えることはない」 絵麻は測定盤をのぞきこんだ。 「マイナスって、悪いことなの?」 「人体に悪影響を及ぼすパワーストーンはマイナス判定を出すことが多いけど… …−3までは大丈夫だよ。血星石は−5」 「翔たちは?」 「僕ら? 僕らは普通にしていて3くらいかな。同調すると軽く倍になるけど」 「え……±2は決して越えないんじゃないの?」 「それは同調できない人の場合。稀に高い数値を出す人間がいて、そういう人 はマスターになる確率が高いんだ。僕らみたいに」 「そうなんだ」 「数字は±10段階で、高ければ高いほど力は強くなるんだけど……代償として 精神を消耗するから高ければいいとは言えないな。廃人になる可能性もあるか ら、±1〜3っていうのがベスト」 「廃人って……」 絵麻は思わず自分の肩を抱いた。 「わたしは、どのくらいならいい結果なの?」 「絵麻が本来持っているエネルギーを2として−3ってとこかな。大丈夫だよ」 言いながら、翔は測定のボタンを押す。 その時だった。 ヴヴッと唸りを上げて、針が大きく左右に揺れる。 「え……?」 その時、絵麻は気づいた。 自分の身体が、あのまがまがしい濃緑の波動に包まれていることに。 身体の芯の部分が熱くなっていることに。 「この反応……何なんだ?!」 翔が測定盤の動きを確かめようとした途端……それは来た。 ピシッ……………………バチィィィィィンッッッ!!! 測定盤部分を覆っていたガラス板に亀裂が入り、続いて本体全体が砕け散る。 「うわっ!」 「きゃあっ!!」 とっさに2人は、それぞれ手にしていた物を放してしまう。 破片になった元測定器は、粉々になって床に落ちた。 「あ……」 絵麻はあわてて拾おうとしたのだが。 「待って! 触ったらケガする」 「それじゃ、どうするの? 片付けないと危ないよ?」 「とりあえず目に見える大きな破片だけ拾って袋にでもいれようか」 翔はそう呟いたのだが。 「どれがどの破片なんだろう?」 もともと部品類が散らばっていた所に紛れてしまったので、なおさら訳がわ からなくなってしまっていたのである。 本体はとりあえず朱色の破片と区別がつけられるのだが、中の部品まで朱色 だったわけじゃない。まして、細かく割れた破片やガラスが紛れ込んで……う かつに手をつっこめば切ってしまう。 「……」 「……」 2人はなんとなく顔を見合わせた。 「そうだ……ちょうどいいからここ、片付けようよ?」 「え?」 「本は本。書類は書類。部品は部品。ちゃんとわけて、ヘンな物がでてきたら 捨てる。これでどうかな?」 「けど……」 「この辺の、さっきの機械が散らばった部分だけ避けておいて、先に他の場所 を片付けるの。そうしたらスペースができるから、そこに新聞紙でもひいてそ の上に避けておいた部分を移して、手袋か何かしながら片付ける。 こういう器具を持ってるんなら軍手も持ってるんじゃない?」 「あ……持ってる」 絵麻の言葉に、翔は棚の上にあった工具箱から綿製の軍手を引っ張り出した。 「じゃ、わたし先にこっちから片付けるから、翔は本を棚の中に戻して」 「……わかった」 部品は工具箱の置かれた棚に。シャーレは本棚の上に。プリントアウトなど の書類は机の棚の中に。 絵麻は小1時間ほどかけて、ここもキレイに片付けてしまった。 今まで獣道状態だった床はフローリングがはっきりと露出し、机や棚の上も きっちり調えられている。 「終わりっ♪ 後はそっちの危険区域だけ」 「……絵麻って本当に凄いよな……」 本を棚に戻すという単調な作業だけに1時間を費やした翔は、信じられない といった風に自分の部屋をみている。 「どこで覚えたの? その天才的な片付けの手際」 「……ちっちゃい頃からやってたから」 絵麻の声が小さく掠れる。 (そうだよ……これはわたしの義務……) 「ねえ、そっちを早く片付けちゃおうよ! 後はそっちだけ」 絵麻はわざと大きな声を出した。 「そうだね……」 翔は取り出した軍手をつけようとするが。 「……痛っ……」 左手に半分ほどつけたところで、小さく声を上げた。 「翔?!」 「大丈夫だよ。少し擦れただけだから」 「擦れたって……」 絵麻は翔の手元を見つめる。 その手は赤黒く焼け爛れ、皮下が露出していた。 白い軍手が毒々しいまでの彩りをそえる。 「その手……どうしたの?」 「……」 絵麻の訝しがるような声に、翔は唇を噛んだまま答えなかった。 「火傷? もしかして、雷を使ったからそうなっちゃったの?!」 「……違うよ」 翔は自嘲するように呟いた。 「子供の頃に実験した時、僕は誤って違う試験薬を混ぜ合わせてしまったんだ。 結果、爆発事故を起こしてしまって……僕は両手を灼いてしまった」 翔の深い色の瞳が、寂しげに灼けてしまった手をみつめている。 ふいに、絵麻はぎゅっと心臓をつかまれたような感覚にとらわれた。 「……治らないの? リョウは治してくれないの?」 絵麻のすがりつくような瞳に気づくと、翔は顔をあげた。 「能力は万能じゃない。事故はもう10年以上も前の話で、これは傷痕。 リョウは新しい傷は治せても、古い傷は治せないんだ」 静かに、そう言った。 「けど……」 「あれ? なんで絵麻が泣きそうな目をしてるの?」 翔は笑顔をつくって、立ち上がった。 「……」 「早く片付けようか? もう昼になっちゃうし」 そして、彼は絵麻の髪に手をおくと、そのまま片付いていない一角へ向かっ た。 その掌底には、なんとも形容し難い熱さが宿っている。 (熱っ……) 絵麻は思わず髪を押さえた。 翔の手は、ほんの一瞬触れただけなのに、まだ髪に熱が残っている。 (今……熱かった?) 絵麻が不思議がっているころ、翔はさっきの破片の分別を開始していた。 (せっかく作ったのにな……まあ、ノウハウはあるから作り直せばいいか) 呟きながら、軍手をはめた手で器用に破片だけを取り除いて行く。 と、その手がある一点で止まった。 「……?!」 それは、測定盤部分だった。 ガラスカバーは割れてなくなっていたが、針はしっかりと数値を示している。 示されていた数字は……−10。 (廃人になっていておかしくない数字……どうして?!) 翔は絵麻を見つめた。 髪に残る感触を確かめながら笑う、風変わりな16歳の少女を。