絵麻は書き取りの課題と一緒に、リビングのテーブル前に座っていた。 あれから3日。 絵麻は日々のほとんどを呆然として過ごしていた。 カノンの面影を探して教会にも行ったし、雑貨屋の店長さんにも話しかけた。 けれど、どの人の反応もみんな淡泊で……はっきりいって情無かった。 まるで、カノンって人間が最初からいなかったみたいに。 カノンの存在を否定されたようで。カノンとの日々を否定されたようで。 それが絵麻にいっそうの悲しみを与えていた。 「カノン……」 小さく友達の名前を呼ぶ。 答えがこないのはわかっている。 前にもこんなことがあった。 そう。大好きな祖母が亡くなった時だ。 喉がかれるほど泣き続けても、祖母は帰って来なかった。 カノンは、お祖母ちゃんと同じ場所に行ったんだ。 そう思うと、少しだけ、ほんの少しだけ心が軽くなった。 「絵麻」 ふいに名前を呼ばれ、絵麻はそちらを見た。 「僕の筆箱、取ってくれる?」 向こう側のソファで、翔が数式の計算をしていたのだ。 第8寮に過ぎる日々は当たり前に穏やかだ。みんなは仕事に出ていたし、翔 は自宅研究といってさっきからひたすら分厚い専門書に没頭していた。 その傍らで、絵麻は綴りを見てもらっていたのである。 「あ、これ?」 自分のすぐ横に置かれていた筆箱に絵麻は手を伸ばす。 その拍子に、絵麻の肘が自分の筆箱を引っ繰り返した。 「あ?!」 ガシャンと音をたてて、中身が床にこぼれる。 「あーあ。やっちゃった」 絵麻は膝をついて、こぼれた中身を拾いはじめた。 シャーペンと筆箱。ノートを取るために数種類入れてあったカラーペン。 その中に見慣れない、緑色の鉛筆があった。 まだ新しい長い物で。終わりのほうにナイフで刻み目がつけられている。 「あ……」 絵麻はそっとその鉛筆を拾いあげた。 感触も、刻み目も、あの日カノンがくれたのと同じままだ。 自然にカノンの笑顔を思い出す。 誰より一生懸命で。誰より明るくて。 いつも笑顔で、生きていける強さを求めて……。 『泣いてちゃダメ。強くないとね』 カノンはここにいる。 カノンの言葉はここにある。カノンがいた証はここに刻まれている。 何年経っても、ここに在り続ける。 絵麻は瞳ににじんだ涙をぬぐった。 「いつまでも落ち込んでたら、カノンが怒るね。お祖母ちゃんだってきっと怒っ てる」 「絵麻?」 座り込んでしまった絵麻に翔が不思議そうに声をかける。 「……くなる」 「え?」 「翔、わたし、強くなるよ」 翔は一瞬あっけに取られたが、絵麻がしっかり握りしめている鉛筆と、瞳に 灯る強い意志に目をとめて言った。 「そっか。頑張ってね」 「ありがとう」 絵麻は3日ぶりに笑顔をみせた。