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  お願い。
  お願い、どうか……どうか間に合って……!!
  絵麻の祈りは、無残に砕かれることになる。
  どれくらい走ったんだろう。建物の崩壊した、寂しい裏通り。
  無数のガレキが散らばっている。いずれにも鋭い大振りの刃物で切りつけら
れた跡があった。
  炎の色が映っているのだろうか?  燃え残った建物にはいずれも朱色がにじ
んでいる。
「……!!」
  それが炎ではなく、ガレキの下にまぎれた死体から流れた血だとわかった瞬
間、絵麻は吐きそうになった。
「あ……ああ……」
  聞こえてきた嗚咽のような声に、絵麻は目を上げた。
  唯一崩れなかった、倉庫のような建物。その壁を背にして、三つ編みの少女
が恐怖にひきつった表情を浮かべている。
  その正面──絵麻からは後ろ姿──には、身長ほどもある大鎌を肩にもたれ
かけさせた赤毛の短髪の人物と、フードをすっぽりかぶった小柄な人間とがい
る。
  いずれも黒の軍服をまとって。味方でないことは明らかだ。
  赤毛の短髪のほうが、足元に転がっていた何かを少女に蹴りつける。
「レノンッ!!」
  少女は悲鳴をあげてその何かに飛びついた。
「あ……」
  そう。それは小さなレノンだった。
  ぐったりとしていて。絵麻の目にも、もうあのはにかんだような笑みを浮か
べることがないのはよくわかった。
「レノ……ン?」
  ってことは、あの女の子はカノン?
「さて。あんたにも協力してもらいましょうか」
  赤毛が大鎌を構える。
 ――斬られる!!
「だめ、カノン!!」
  絵麻は悲鳴をあげて走りだした。
  黒衣の人物を止めようと手を伸ばす。
「逃げて!  カノンッ!!!」

  一瞬の静寂と、鈍い音。
  絵麻の目の前で、カノンはエプロンドレスを朱に染めて倒れた。

  届かなかった絵麻の指先に、生暖かい血が斑点を描いた。
「カノン!!」
  絵麻は必死にカノンの体を抱き起こす。
 大鎌に切られた傷から吹き出す血を手で押さえるが、それは絵麻の手を真っ
赤に染めるだけで止まってはくれなかった。
「血が止まらないよ……カノン……カノンッ!」
「え……ま?」
 その時、カノンがうっすらと目を開けた。
「カノン、しっかりして!」
「なんであんたがここにいるの……?」
  カノンは血を流しながら微笑んだ。
  が、それも痛みの中で、すぐ苦しげな表情に変わってしまう。
「夢を……みてるのかな……」
「夢じゃない。わたし、ここにいるよ!」
  絵麻はカノンの肩をゆさぶった。
「すぐリョウのところに連れて行くから! だからしっかりして!!」
「……ければ……た……のに」
  カノンは喘ぎながら言った。
「カノン?」
「もっと強ければ……守れたのに……」
「え?」
  カノンの目から、涙が一粒こぼれ落ちる。
「レノンのこと……シオンのこと……みんなのこと守ってあげられた……」
「そんな事言わないで!  カノン、カノンしっかりして!!  いつもみたいに笑っ
てよ!!」
  もう、自分が何を言っているのかわからない。
  その問いかけに答えることなく、カノンはゆっくりと目を閉じた。
「カノン……!?」
  自分の腕の中で失われた命に、絵麻は息を飲む。
「だめ!!  カノン!!」
  起きた事柄の意味はわかっていた。でも、心も体もそれを認めない。
「カノン!  目を開けて!!  みんなで幸せになろうって言ったじゃない!!
  こんな簡単に死んだら嫌っ!!」
  制服が血まみれになるのも構わず、絵麻はカノンの体をゆさぶる。
  そして、ポケットから石を取り出し、カノンの胸に当てた。
「これ、凄い力あるんだよ。発動すればどんな傷でも回復してくれるの。だか
らカノン、すぐ元気になるよね。笑ってくれるよね?」
  けれど、石は何の反応もしない。
  石は絵麻の心に反応する。
  そう。絵麻がこんなに錯乱していては、発動できるわけがない……。
「カ……ノン……」
  絵麻の茶水晶の瞳に、涙がもりあがる。
「いや……いやだよカノン……目を開けて……」
  その時だった。
「そろそろうるさいんでな。静かにしてもらうよ」
  絵麻の首筋に、ひやりとする刃物があてられていた。
  赤毛の兵士が大鎌を絵麻に突き付けていたのだ。
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