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  カノンが去ってから3日後。
  それはごく普通の夜だった。
  絵麻は夕ごはん、豚肉の照り焼きの後片付けをしていたし、リリィが横で食 
器を洗うのを手伝ってくれた。
  翔は自分の部屋で実験に没頭していたし、信也とシエルはチェスのボードに
集中している。
 哉人はリビングのパソコンのキーボードを叩いていて、ソファで雑誌を繰っ
ているリョウの横から唯美がのぞきこんで談笑していた。
  その時、ふいに通信機の音がなった。
「受信しました。第8寮です。どうぞ?」
  通信に出たのは、いちばん近い位置にいた信也。
「……わかりました。場所は?」
  怖いくらいに落ち着いた声に、周囲の雰囲気がざわつく。
「わかりました。すぐ行きます」
  信也は通信を切ると、つかつかと階段に歩いていった。
「信也?」
  リョウの声に耳をかさず、信也は階段の上に怒鳴りつける。
「翔!  降りて来てくれ」
  ほどなくして、階段の上から翔が顔をのぞかせた。
「呼んだ?」
「『仕事』だ」
  短い一言に、ざわついていた周りが静まり返る。
「どこが襲われているの?」
「西部だ」
「西部のどこ?」
「……バーミリオン」
  バーミリオン……カノンの故郷。
「状況は?」
「かなり悪いらしい。駐屯の自警団はもう全滅してるって」

  ガシャン!!

  絵麻の手から、洗ったばかりの食器が滑り落ちた。


「いい?  何があっても僕か、リリィのそばにいるんだよ?」
  翔が絵麻の肩に手を置いて、じっと見つめながら声をかける。
「絶対に、どこか行ったりしちゃだめだからね。いいね?」
「絵麻は置いて行ったほうがいいんじゃないの?」
  唯美が心配そうに声をかけるが、絵麻は首を振った。
「わたしも行く……」
「けど」
「だって……あそこにはカノンが……カノンが……」
  悪い予感に、心臓ががんがんと鼓動を打つ。
  いつだって笑顔をくれたカノン。
  明るく接してくれた、絵麻の大切な友達。
  彼女に、もしものことがあったら……。
  絵麻は祈るように、自身を落ち着かせるようにぎゅっと手を組んだ。
「わかった。連れて行こう」
「信也」
「翔から離れるなよ。戦況、かなりヤバいらしいから」
「……」
  絵麻は頭の中が白くなるのを感じながら、それでも頷いた。
(お願い。どうか……どうか無事で……)
  閉じた瞼の裏を白い光が焼く。
  目を開けた先に広がっていたのは……無残な光景だった。

「え……」
  何が起こったのかが信じられない。
  夜の闇を、いかけられた炎が焦がしている。
  ガレキの山。なかば崩れ、あるいは炎上する建物。
  逃げ惑う人の群れが、既に凶刃に倒れた人の遺体を踏み荒らしていく。
「武装集団の夜襲だぁっ!」
「殺せ!  住民どもを皆殺しにしろ!!」
「早く逃げろ!  火が回ってる!!」
「矢をいかけろ!!  なるべく血を流させろとのご命令だ!!」
「うわあぁぁぁっ!」
  闇にとけそうに黒い軍服を着た一団が、着のみ着のままの人々に容赦なく矢
をいかけ、凶刃を振るう。
  怒号と断末魔とが錯綜していく。
  絵麻たちは戦場の真っ只中に転移してきたのだ。
「ひどいな……」
  誰かの声が虚ろに響いた。
「どうする?  どうやって攻略する?」
「えっと、シエルと哉人と唯美で弓矢部隊を叩いてくれる?  主戦力は弓矢み
たいだから」
  場慣れしているのか、翔の声は冷静そのものである。
「他は?」
「各自、目の前の敵を潰して。僕は後ろから指揮官狙うから。戦力がばらけて
きたら、リョウと哉人が後衛に回ってくれたら」
「わかった」
「それが妥当だな」
  信也は言いながら、手にした剣で目の前の相手をなぎ払っている。
「じゃ、行くか」
  哉人と唯美が眼前にいた相手を軽く討ち取り、町に火矢を放っている一団に
突撃する。
  リリィは目を閉じると、手にした透明な貴石に念じた。
  彼女の手のひらから放たれる冷気が、煙をあげる町を冷やしていく。
「絵麻、僕から離れないでね!」
  翔は左手で絵麻をかばうようにして後退した。
「翔……」
「大丈夫。かなり被害がでてるみたいだけど……すぐに終わらせるから」
「かなり、被害が……?」
  絵麻は周囲を見回した。
  町の至るところに、焼け焦げ、血を流した骸が倒れている。
  あの中に、カノンが?
  カノンは?  レノンは?  無事でいるの?  この惨状の中で?
  絵麻は自分の体がこわばるのを感じていた。
  その時だった。
「きゃあああああ!  レノン!!」
  女の子の甲高い悲鳴が炎を切り裂いた。
「カ……ノン」
「え?」
  この声は、カノンの声。
  絵麻の中で張り詰めていた何かがぷつんと切れた。
「カノン!!」
「待って、絵麻!  離れないで!!」
  翔の制止も聞かず、絵麻は声の方向へと走りだしていた。
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