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  続く1週間は、楽しいほどに早くて。
  翔とリリィと3人で夕食を作った。
  まるで理科の実験みたいな手順で分量を計算する翔の姿に、リリィとふたり
で笑い転げたものだった。
  信也に教えてもらって通信の勉強をした。
  「何でもいいから1コはできるようになっとけ」と言われたのである。配線
をつなげたりダイヤルしたりすることは(意外にも)楽しかった。
  リョウに同調を見てもらった。
  できた時にはほめてくれたし、暴発の時には手のひらの力で傷を癒してくれ
た。
  信也と一緒になって、笑いながらみていてくれた。
  唯美のコイン当てを、シエルと哉人の2人と一緒に真剣に当てあった。
  唯美は瞬間移動でとんでもないところに飛ばすから、絶対当たらないんだけ
ど。
  メアリーとゴシップ話に興じたり。シスターの話を聞いたり。
  フォルテにお茶をいれてあげたり。
  ユーリとMrにも自家製のお茶を届けたりした。
  最も、Mrは激戦の東部PCに出張中とかで、ユーリに言付けたのだけれど。
  就職の打ち合わせもした。
  カノンが去るその週、PCの食堂スタッフとして正式に雇用されることが決
まった。
  不安な反面で、これからはみんなの迷惑にならずにすむと思うと嬉しかった。
  孤児院を訪れることは相変わらずで。
  そっとのぞいた裏庭で、真っ赤な顔をしたカノンが同じくらい赤い顔のシオ
ンから銀色の指輪を受け取っているのを見たときは……嬉しいような、寂しい
ようなそんな感じがした。
  一緒にいたリリィは『嬉しいことだ』って言って、それでも寂しいような顔
をして笑っていたけれど。
  そして、別れの日がやってきた。

「いっちゃうんだね……」
  絵麻はPC本部の近くにあるバス停で、支度を調えたカノンたち姉弟をみつ
めていた。
「行くわよ。そのために働いてたんだから」
  カノンのほうはあっさりとしている。
  大きな荷物を抱え、片手でレノンの手をひいて。
  PCを早引けしてきたリリィも一緒で、カノンとレノンを交互に見ている。
「なんか寂しいや」
「そう?  あたしはけっこうドキドキしてるけど」
「だって、カノンは新婚さんになるんだもん。ね、リリィ」
「……からかわないでよ」
  カノンは頬を膨らませたが、その頬が朱にそまっている。
  リリィは自分の左手をかざすと、その薬指に右手の指をあてた。
  カノンの左手のその位置には、銀色の指輪がはめられている。
「……」
「おねえちゃん?」
  ふくれっつらになった姉を、レノンが心配そうに見上げる。
「大丈夫よ、レノン」
  カノンはあやすように弟の手を振った。
「結婚式に呼んでくれる?」
「町が形になったら招待状を出すよ」
「楽しみにしてる」
「たっぷりみせつけてあげるね」
  笑顔をかわす。
  迎えのバスが見えてきた。
  3人でこの町にいられるのは、多分、これが最後。
「翔さんたちによろしく言っといてね。挨拶しそびれちゃった」
『・・・・』
  リリィが頷く。
「シエルたちには挨拶したんだけどね。さ、レノン。いこうか」
  バスが停留所に止まる。
  弟の手を離し、カノンは荷物を持った。
「カノン、絶対に呼んでよ」
「わかってるって。ホント絵麻ってお嬢さんなんだから……そうだ」
  カノンは手にしていた荷物の中から、何か細長いものを取り出した。
「それ何?」
「餞別というか……記念品」
  絵麻とリリィに渡されたそれは、新品の鉛筆だった。
  2人とも同じ緑色で、終わりのほうにナイフで刻み目がつけられている。
「これは?」
「西部に伝わってる幸せ祈願の刻印だよ」
  カノンは照れたように笑った。
「ほら、2人とも鉛筆は使うでしょ?  店の売れ残りをわけてもらって、2人
が幸せになれるようにっていうかさ、そんな感じ」
「……」
  絵麻はぎゅっと鉛筆を握りしめた。
『・・・・・』
  リリィが笑う。
「残り物で幸福祈願ってのもなんだけどさ。しないよりいいかなって」
「カノ……」
  その時、バスのクラクションがなった。
「いけない」
  カノンは荷物をかつぎ上げると、タラップに弟の体を押し上げた。
「それじゃ、またね」
  カノンがいつもと変わらない笑顔をみせる。
「あ……元気でね」
  リリィは笑顔で手を振った。
  バスのエンジンがかかる。
  発車直前のバスから、カノンが顔を出した。
「いい忘れてた」
「え?」
  カノンは2人と全く同じ鉛筆をかざした。
「これ、あたしのぶん。3人で一緒」
  言って、にこっと笑う。
「みんなで幸せになろう?」
  今までのどんな笑顔にもまけない、明るい笑顔。
「カノン」
「絵麻、あたしたちずっと……」
  声はバスの音にかき消されたが、絵麻には聞こえていた。
  『ずっと一緒だからね』と。
  カノンも、別れが寂しかったのだ。
『いっちゃったね』
  バスの姿が森の奥に消えてから、絵麻とリリィは並んで歩きだした。
「うん」
  メモ帳につづられた言葉にこくんと頷く。
『寂しい?』
「そうでもないかも……」
  絵麻の手にはカノンにもらった鉛筆が握られている。
  その鉛筆を見ていると、不思議と寂しさは感じなかった。
  すぐに会えるよ。
  カノンの笑顔が目の前に浮かんでくる。
  カノンもリリィも、それからわたしも。幸せになって出会えるよ。
  そう。すぐに会える……。
  絵麻は予感を胸に、ぎゅっと鉛筆を握りしめた。
  そして、その予感は最悪の形で的中する……。
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