「カノンがエヴァーピースでちゃうって知ってた?」 その夜、絵麻はリリィに聞いてみた。 『バーミリオンが復興したんでしょう? 仕方ないよ』 リリィが編み物の手を休め、メモ帳に綴る。 「そうなんだけど……慣れてたものがなくなっちゃうって寂しいよ」 リリィは少しペンを持つ手を止めた。 部屋の一角に置いてあるラジオから、戦局を伝えるニュースが流れてくる。 『でもね、カノンが幸せになるのなら、それでいいんじゃないの? カノンの幸せ願うのも友達だよ』 「そうなんだけど……でも……」 「戦局、悪化してるのか?」 途中からリビングに入ってきた信也が、ラジオの前で雑誌をめくっていたリョ ウに尋ねる。 「東部のほうでやってるみたいね。PC自衛団が善戦してるみたいだから、あ たしたちの出番は当分ないかもよ」 「げーっ。収入減るじゃん」 これは部屋の隅で哉人を相手にチェスゲームをしていたシエルの弁。 「お前は人の命と金とどっちが大事なんだよ」 「金♪」 「……言うと思った」 あっけらかんとしたやりとりに、絵麻はリリィと目を合わせると同時に吹き 出した。 『カノンはバーミリオンで幸せになるのよ。その幸せ、願ってあげようよ?』 優しい文字の書かれたメモ帳。 胸の寂しさはぬぐいきれなかったけれど。 (わたし、カノンにいつまでも笑っていてほしい……) 絵麻は2度ほど繰り返して読むと、こくんと頷いた。 それから、絵麻はつとめてカノンと一緒にいようとした。 「どうしたの? 最近よく来るわね」 今日も教会に来た絵麻を見て、カノンが苦笑いする。 ヒマを見つけてはここなり店なりに顔を出すのだ。 メアリーが呆れ、シスターはにこにこと穏やかに笑っている。 「おだてても何もでないわよ」 「ううん。いいの」 絵麻は机に頬杖をつくと、友人のきれいな金色の三つ編みをつかんだ。 「何するの?」 「こーやって遊べるのもあとちょっとか」 「何? 寂しいの?」 三つ編みに絡んだ絵麻の指を解きながら、カノンが笑う。 「うん」 「絵麻って素直よね。レノンみたい」 「そういえば、レノン君どうするの? カノンは結婚するんでしょ?」 「もちろん、連れて行くよ。レノンはまだ小さいから。 ちゃんと3人用に広い家借りようって手はずになってるし」 「話、進んでるね」 絵麻は澄んだ色の目を細めた。 「そりゃね。早く帰りたいもの」 「そっか」 言葉が途切れた。 「……来週、バーミリオンの封鎖が解かれるの。シオンは自衛団だから一足先 に戻るんだけど、あたしとレノンはその日に発とうと思ってる」 「来週? そんなに早いの?」 「そうだね。半年くらいこっちにいたけど、意外に早かったね」 「……」 「シスターやメアリーや第8のみんなに会えてよかったと思ってるよ。 最後に絵麻にも会えたしね」 カノンが笑う。その時だった。 「・・・」 ドアが開いて、リリィが顔をのぞかせた。 リリィも絵麻ほどではないが、ちょくちょくカノンのもとを訪れていた。 それはカノンがリリィにとってもかけがえのない友人だということの現れと いえる。 「リリィ」 「・・・・・」 「来てくれたの? ありがとう」 「・・・・・・・・・」 リリィは言うと、カノンの背で揺れていた三つ編みをさした。 「何? 遊びたいの?」 こくんと頷く。 「自分でやりなよ。自分だって髪は長いんだからさ」 言って、カノンははじけるように笑いだした。 「絵麻とおんなじこと言ってるのね」 「ホントだ」 絵麻とリリィもほとんど同時に吹き出した。