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「こんにちは」
 翌日、絵麻は孤児院を訪ねた。
「あ、絵麻だ。いらっしゃい」
  迎えてくれたのはシスターつきの、小麦色の髪をした女の子である。
「こんにちは。メアリー」
  彼女はメアリー=クラウンといって、ここで保母の見習いをしているのだ。
  今はカノンと分担して子供の面倒を見たり、足の不自由なシスターを手助け
したりしている。
「この前言ってたお茶、持って来たよ」
「入って。カノンもいるから」
「あれ、そうなの?」
「今日はお休みなの」
  奥からカノンが出て来た。左手に弟のレノンがぶらさがっている。
「こんにちは。今日は静かなのね」
「大きい子たちは学校。小さい子たちはお昼寝。シスターは教会の定例会にお
でかけしてるの」
  メアリーが絵麻を案内したのは孤児院の台所だった。
  学食規模のテーブルが並んでいるが、やはり質素なものだ。
  絵麻は袋に入れて来たお茶をメアリーに渡した。
「はい。約束のお茶。それとこっちも」
「?  何が書いてあるの?」
「作り方だよ。人に何かをあげる時は作り方も一緒にあげれば後でその人が自
分で作れるんだって、お祖母ちゃんが言ってた」
「絵麻ってお祖母ちゃん好きよね」
  眠そうに目をこすっているレノンを肩にもたれさせてやりながら、カノンが
苦笑いする。
「それより、字は書けるようになったの?  読めなきゃ意味ないわよ」
「大丈夫。翔にほめてもらったもの。信也もこれなら簿記の仕事ができるって」
「へえ……」
  カノンはメアリーから用紙を受け取ると、読み始めた。
「わたし、仕事することになるんだって」
「何の?」
「まだ決まってないの。PCの食堂の賄いさんだって言ってたけど」
「へえ……」
  カノンは読み終わった用紙をメアリーに戻しながら言った。
「あのさ、絵麻」
「何?」
「あたし、バーミリオンに戻ることになりそうなの」
「え?」
  絵麻は思わず目を見張った。
  ずっと一緒にこうしていられると思っていたのだ。
「武装集団にやられた鉱山もだいぶ復興してきてね。街に自警団おいてやって
いこうってことになってるんだわ。それに参加することになって」
「自警団って……カノンが?」
「あたしじゃなくて」
  その時、戸口から声がした。
「こんにちは」
「はーい」
  メアリーが席を立って出て行く。ほどなくして、メアリーの楽しげな声がし
た。
「カノン、シオンさんだよ」
「シオン?」
  どこかで聞いた名前……。
  絵麻が不思議そうにしている間に、メアリーはシオンを連れて中に入って来
た。
  金褐色の髪をした、中背の少年だ。絵麻とたいして年は違わないだろう。
  穏やかそうな面差しが、着ているカーキの軍服に似合わない。
「シオン。どうしたの?  仕事中じゃないの?」
  カノンが自分の肩で寝てしまった弟をメアリーに預け、シオンに駆け寄る。
「ちょっとケガしちゃって……今日の演習は休み」
  シオンは右手に巻かれた包帯を振った。
「ったく。弱いんだから」
  カノンは眉を寄せた。
「もっと強気でガンガン行かなきゃダメだって言ってるじゃん」
「だけど……怖くない?」
  シオンは首をすくめ、自分より背の低いカノンを上目使いに見た。
「子供のころからそんなんだから弱っちいのよ。男は強くなくちゃ」
  カノンの説教が延々と続く。
「あんな事言ってるけど、カノンはシオンのこと大好きなんだよ」
  メアリーが笑いをこらえながら話しかけた。
「いつも『大丈夫かな』って心配してるの」
「あの人がシオンさん?  カノンの婚約者って」
「そうそう。子供の頃から仲がよくって、学校出る時には婚約してたんだけど
カノンのご両親が亡くなったりバーミリオンの鉱山が武装集団に襲われたりい
ろいろあって、結婚が延び延びになってるんだって」
「メアリー、詳しいね」
「わたしこーゆーの得意」
  メアリーはにまっと笑った。
「第8寮の信也とリョウがいい感じなのも、Mrに奥さんと隠し子がいるって
ウワサも、角の八百屋さんが今日は割り引きデーなのも、今度のPC交流会が
バスケットボールなのも知ってる♪」
「……メアリー?」
  教会にいる人の性格とは思えないほどのゴシップ好きである。
「それより、何でここまで来たの?」
「時間ができたから、バーミリオンに出発する日取り相談しようと思って。今
日は雑貨屋さん休みなんだろ?」
「じゃ、奥の部屋で話す?」
  カノンはごめんね、と言うと、シオンと一緒に廊下の奥に消えていった。
  寄り添う後ろ姿が、絵麻にはなんとなくうらやましかった。
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