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  一方のベーゴマ対決も男の子を中心に白熱していた。
「負けないからな」
「ぼくに勝てると思うの?」
「勝ったらじ……」
  10エオー、っていうんだと思った。
  けど、違っていた。
「ジュース。みんなに買ってやれよ」
「……ま、勝てたらね」
  シエルの方は借りものの、古びた木製のコマだが、哉人が持っているのはグ
リーンのプラスチック製のものである。
  勝負はあっさりついた。
「シエル兄ちゃん、弱いよ」
「やっぱり哉人兄ちゃんは強いね」
「次は僕!  ねえ、哉人兄ちゃん」
  子供たちがわっと哉人に群がる。
「……オレにはこないわけ?」
  口調のわりに楽しげに視線を外したシエルと、絵麻のぽかんとした目線が合っ
た。
「よぉ。来てたんだ」
  シエルは手をあげると、子供たちの間をふらつきながら避けて絵麻の方に歩
み寄って来た。
「驚いただろ?」
「うん。凄く驚いた。
  シエルはお金のこと言わないし、哉人は愛想いいし、唯美は優しいし」
「おとなしい顔のわりに結構言うな」
  シエルはにやっとした。
「オレも、こんなふうな孤児だったんだよ。だから楽しいことさせてやりたく
て」
  どこか遠くを眺めるような、思い出すまなざし。
「え?」
「オレは北の方……武装集団の本拠地に近い方の生まれなんだ。まだ物心つか
ないガキの時に住んでた街が襲われてな。親が……死んだんだ」
  シエルは自分の左腕で、ない右腕をおとすような仕草をした。
「そん時に、右腕も一緒に逝っちまったってわけ」
「!」
「よっぽど痛かったんだろうな。気がついたら名前も何も覚えてなくてよ。孤
児院に保護されたんだけど、貧乏だしなんもないし。
  みてくれの悪い子供ってのは誰も欲しがらないもんだな」
「……」
  少し長い沈黙のあとで、シエルはぼそっと告げた。
「腕が欲しいんだ」
「腕?」
「義手ってのはオーダーメイドだから、とにかく高くてさ。オレは障害者の薄
給で、ためてもためても全然届かなくて……だからヘンなのに首つっこんで」
「……」
「唯美たちも似たようなもんなんだよ」
  シエルはコイン当ての輪の中にいる、黒髪の少女をみた。
「そういえば、あのコインってどういうトリックなの?」
「知りたい?」
「お金……っていうんじゃないよね」
「特別サービス。夕飯肉にしてな」
  シエルは側にいるシスターに聞こえないように、絵麻の耳にささやいた。
「……瞬間移動?!」
  絵麻はぎょっとなる。
  弾いたコインを右手でつかみ、「どこだ?」と聞く間に瞬間移動で全く別の
場所に飛ばしているのだという。あたらないわけだ。
「あいつ、パワーストーンなしでもオッケーな東方の特殊能力者だからな」
  シエルがからからと笑った。
「唯美も孤児院に?」
「ああ、唯美のこと?  あいつの一族は特殊能力のせいで武装集団に狙われて、
ガキの時に目の前で両親殺された……って」
「!!」
「その時に生き別れた弟を探してるんだって聞いた。孤児院の子供に甘いのは
そのせいなんだろうな」
  唯美の表情は普段の気の強さが嘘のように優しい。
  そう。小さな弟や妹に接するお姉さんのようだ。
「哉人は?」
  絵麻は視線を唯美から、ヨーヨーを繰って遊んでいる哉人に向けた。
「あいつ?  あいつは中央のスラム出身で、遊ぶのに問答無用で強いんだよ」
「へえ……」
「哉人の目の色が違うのはわかるな?」
「うん。なんて言うんだろう。すごく綺麗なサファイアブルー……あれ?」
  絵麻はふっと思いあたった。
「何かちぐはぐな感じ……」
「哉人は中央人だから、目の色はどう転んでも茶色なんだよ。それが貴族色の
蒼い目をしている……わかるだろ?」
「貴族色?」
「知らねえのか?  金髪に蒼い目は貴族のトレードマーク。金色が輝けば輝く
ほど、瞳が美しければ美しいほど身分が高いってわけ」
「シエルだって目の色青いじゃない。髪だって」
「あのな。オレのは色素の薄いプラチナ。目だってなんの変哲もない青だろ? 
連中が好きなのは宝石の蒼なんだよ」
  貴族という身分があるのは翔に聞いて知っていた。
  ガイアは王制で、王と一握りの貴族が政治を動かしているのだという。貴族
は国民の税金を欲しいままにし、安全な中央都にのうのうと暮らしていると。
  一応、貴族の子弟を中心とした貴族兵団もあるにはあるが、儀礼重視のため
弱く、武装集団との戦いには向かないのだという。
「ちょっと待って。どうして哉人の目が貴族の色なの?  哉人は中央人のはず
でしょ?」
「だからおかしいって言ってるんだよ」
「どういうこと?」
「ま、お嬢様にはその程度の理解で充分だな。疑問を持つ程度で」
「バカにしてない?」
「10エオーくれたら撤回するよ」
「あ、まただ」
  絵麻が拳を振り上げたのと同時に、からっとした声が響いた。
「あれー?  シエルたち、来てたんだ」
  買い物袋を抱えたカノンが立っている。仕事帰りらしい。
「よっ。カノン」
  シエルは軽く手をあげた。
「絵麻も来てたんだね」
「うん」
「唯美、またコイン当てやってるんだね」
  カノンは絵麻の隣に回りこむと、じっと唯美の手元を見つめた。
「全然当たらないのよね。思いもしないところから出てくるの。この前なんか、
あたしのポケットに入ってたんだよ」
  素直に不思議がっているカノンに、絵麻はシエルと目を合わせると、同時に
吹き出した。
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