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  それからの絵麻の勉強の上達ぶりは早かった。
  一度コツを飲み込めば、文字の勉強は数学の方程式より楽だった。難しい言
い回しをのぞけば、もう表の助けがなくても文字を読めるようになっていた。
「絵麻って凄いよね。もうこの本いらなくなっちゃった」
  翔が笑いながら、手にしていた教科書らしい本を閉じた。
「2日前に買ったばっかりなのに」
「そうなの?」
「もう学校で習うレベルはクリアしてるよ。書くほうは少しあやふやだけど」
「ふふ」
  絵麻は小さく笑った。
  通貨のほうは文字より少し時間がかかったが、これも何とか覚えた。
  とまどうこともあるが、今は1人で買い物をしている。
  というわけで絵麻の時間は余り、その時間を使って絵麻はあることをやって
いた。
「こんにちは」
  トチの木のある道を通って、絵麻は孤児院を訪れていた。
「あ、絵麻お姉ちゃんだ!」
  前庭で遊んでいたフォルテが歓声をあげ、絵麻に飛びつく。
「いらっしゃい。今日もおいしいの食べられる?」
「そうだね。畑の機嫌がよかったらね」
  絵麻は言って、雑草の繁る畑に歩み寄った。
  余った時間で絵麻がやっているのが孤児院の畑の整備だった。
  絵麻は本来、園芸科の生徒である。
  舞由の家に家庭菜園があったりしたので、料理と同じくらいに食材作りも得
意だったりするのだ。
  そのつたない知識を応用してみようと思ったのである。
「フォルテ、何かお手伝いする?」
「今日は裏側の雑草抜きしようか。フォルテちゃん、背の高い草ひっぱってく
れるかな?」
「うん!」
「ぼくも手伝う」
「あたしも!」
  フォルテと遊んでいた数人が一緒についてきてくれた。カノンの弟、レノン
の姿もある。
  子供達がこうして手伝ってくれるので、畑の仕事は極めてスムーズだった。
  繁った雑草をひき、僅かに植えられている食用の野菜や果実の苗を整備する
程度しかできないのだが、幸い実りの時期ということもあり、僅かながら収穫
ができる。
  そのとれた野菜を使って簡単な料理をすることもあった。
  これが意外に好評で、孤児院内部でも絵麻の評判は確実に上がりつつある。
「お姉ちゃん、この草抜いていい?」
「絵麻お姉ちゃん、抜いたのどうすればいいの?」
「ここの青い実、食べられる?」
  手を泥だらけにして作業しながら、絵麻は「お姉ちゃん」と呼ばれることが
嬉しかった。
  2人姉妹の妹のほうなので、新鮮なのかもしれない。
「抜いた草は一か所に束ねておいてね。次の肥料にするから。あと、青い実は
食べちゃだめだよ。お腹を壊すから」
  小一時間も経っただろうか。一通り収穫と整備が終わって、うーんと背伸び 
した絵麻の後ろから、穏やかな声がかけられた。
「絵麻」
  車椅子に乗った、白髪の婦人。
「シスター」
  絵麻は泥だらけの手で額の汗をぬぐうと、にこっと笑った。
「お邪魔してます」
「いつもいつもありがとう。中に寄っていかない?」
  シスターは優しい笑顔を見せた。
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