1.闇の3人衆 そこは、古城の回廊だった。 古びた石畳が延々と闇の彼方へ続き、等間隔にひらけた窓から見える景色は 暗い空に囲まれた一面の荒野。 回廊に灯はなく、石畳を踏む軍靴の音だけがカツカツと規則的に響いていた。 ふいに、暗い空から一閃の稲妻が走り落ちる。 光が、続いて響いた轟音の中に軍靴の持ち主を写し出した。 外の暗い空よりも黒い軍服をまとった若い人物だ。 黒い軍服の上下に黒の軍靴。全身黒づくめなのだが、唯一、髪の色が赤い。 その赤い髪はとても短く切られているので、同じように赤い色をした鋭い瞳 と、ちょうど額の中央に埋められた黒水晶がはっきりと見えた。 赤い髪の兵士は、カツカツと規則的な音を立てて回廊を進んで行く。 その時だった。 「アレクト」 静かな声が響き、赤い髪の兵士──アレクトは振り返った。 いましがたまで誰もいなかったその場所に、人影が立っている。 「誰だ?」 声に合わせるようにして雷鳴が響き、人影の正体をあらわにする。 それは、緩やかなローブをはおった女性だった。 アレクトより少し小柄で、フードの下からおかっぱの長さに切られた暗い緑 色の髪がのぞいている。ローブの下に着ているのはアレクトと同じ、黒の軍服 だった。 アレクトとの共通性はそれだけではなく、緑の髪をした彼女の額の中央にも 寸分変わらぬ位置に黒水晶が埋め込まれている。その下の目は伏せられていた。 「メガイラか」 「アレクト。パンドラ様がお呼びだと、ティシポネから連絡がありました」 「パンドラ様が?」 「ええ」 緑の髪の女性──メガイラが頷く。 「珍しいな。パンドラ様じきじきにお呼びがかかるなんて。 この前でかけられて以来、ひどく不機嫌になってただろ?」 「お呼びの原因はその事かもしれませんね」 メガイラはもう一度頷くと、壁に向かって手をかざした。 その手が優雅な動作で半円を描いた時、今まで壁でしかなかったそこにぽっ かりと隠し穴が開く。 「早く行きましょう。わたくしたちがそろっていないとまた不機嫌になられる かもしれません」 「あの方は気まぐれだからな」 アレクトは肩をすくめると、メガイラに続いて隠し穴をくぐった。 そこには広がる空と同じような闇が続いていたが、無数の小さな光が星のよ うに瞬いている。 闇と同じ色の階段が、重力を無視して張り巡らされていた。 「メガイラ、アレクト!」 その階段の一つを、小さな子供が駆け降りてくる。 お団子に結い上げられた髪は黄色。瞳も同じ色で、やはり額には2人と同じ く黒水晶が埋め込まれている。 着ているのもこれまた黒の軍服。ただ、子供用にサイズが詰めてあるから違 和感を覚える。 「ティシポネ」 「遅いよぉっ」 ティシポネと呼ばれた子供は、きーきー声で言うと小さなこぶしでアレクト の膝を打った。 「痛いな。何をするんだよ」 「パンドラ姫が怒ってるの! ティッシー、怒ってる姫の側にいるのヤだよっ。 メガイラがいてくれなくっちゃ」 「私はどうでもいいのか?」 「アレクトは怒らせる時があるもん」 「ティシポネ!」 「はいはい。そのくらいで押さえてくださいな」 逆上しかけたアレクトをなだめ、メガイラがティシポネに向き直る。 「それで、パンドラ様はどこに?」 「ここよ」 奥の突き当たりからふいに冷涼なる声が響いた。 周囲の闇に浮かび上がる白い肌。妖艶な笑みを浮かべる赤い唇。 豊満な肢体に薄物をまとった、あやかしの美女。