戻る | 進む | 目次

「パンドラ様」
  アレクトが、メガイラが恭しく膝をつく。
  ティシポネだけはそのままで、両手を振り回して騒ぎたてた。
「姫君のお成りだよ!  我ら武装集団の不和姫(ディスコード)、パンドラ姫様!!」
  武装集団首領。『不和姫』パンドラ。
  サイドだけを長く伸ばしたダーティ・ブロンドの髪を持つこの美女こそ、世
界に『不和』をもたらす妖女である。
  世界を破壊すべき存在。暗く冷たいマイナスの存在。
  ティシポネのきーきー声を満足そうに聞いていたパンドラは、優雅にさえみ
える仕草で長い髪を後ろにはらった。
「アレクト。メガイラ。顔をあげなさい」
「はっ」
「アンタたち『エウメニデス』に命令があるの」
「何でしょうか?」
「『アイツ』を消す力が欲しいの」
「『アイツ』とは?」
  アレクトの問いに、パンドラはいらいらしたように眉を吊り上げた。
「『アイツ』よ!  『平和姫(ピーシーズ)』!!」
「平和姫?!」
  アレクトかぎょっとしたように暗い赤の目を見開く。
「平和姫というと……例の……」
「そうよ。あの女がまた私の邪魔をしにきたのよ!!」
  パンドラは床を踏み鳴らして。
「とにかく、私はアイツを消し去る力が欲しいの。
  二度と再生できない、こっぱみじんのこなごなにね」
「しかし、今のパンドラ様の御身体では」
「そう。私はまだ復活できてないのよ!」
  不和姫……世界に破壊をもたらす破滅の象徴。
  それゆえ、世界の安定の守り人である『平和姫』によって北部の暗い古城へ
と封印されたのだ。
  今のパンドラは完全な力を得ることができない。血星石(ブラッドストーン)を集め、忌ま忌ま
しい封印を解くまで世界を破壊する本来の力を発揮することはかなわない。
「御身の復活には大量の血星石を必要とします。今しばらくお待ちを」
「ところがね」
  メガイラの言葉をさえぎって、パンドラはさっきまでの不機嫌が嘘のように
明るい声を投げかけた。
「カンタンに復活する方法をみつけたのよ」
「え?」
  アレクトが、メガイラが顔をあげる。
「これをみて」
  パンドラは手にしていた小ぶりの石をさしだした。
  濃緑の一面に赤い斑の散らされた石──血星石だ。
「これは……」
  見えない目のかわりにあちこち手をかざしていたメガイラが驚嘆の声をあげ
る。
「メガイラ。どうした?」
「この石、とても強い波動を放っている」
「え?」
  アレクトは注意して血星石を見つめた。
  まるで血飛沫を浴びたような石の表面に、ぼんやりと濃緑の波動がにじんで
いる。何もしない状態で、ここまでの波動が見えることはめったにない。
  それだけ強い力を持つパワーストーンだということは明らかだった。
「気がついた?  これはピュア・ブラッドというの」
  パンドラは妖艶に微笑んだ。
「憎しみの血を浴びた石よ。血を浴びれば浴びるほど、憎めば憎むほど強い力 
が現れる」
「パンドラ様。それでは」
「血を流させなさい。憎み合うように仕向けなさい」
  それは美しく凄惨な、妖女の微笑み──。
「この石を集めていらっしゃい。そうすれば私は復活できる。
  あの女を今度こそ滅ぼせる私が……ね」
戻る | 進む | 目次
Copyright (c) 1997-2007 Noda Nohto All rights reserved.
 
このページにしおりを挟む
-Powered by HTML DWARF-