絵麻の体が、虹色の光に包まれている。
「アンタが、平和姫になれるの?」
パンドラが嘲り笑う。彼女はまだ、絵麻の気持ちを軽んじていた。
平和姫になんか、なれるわけがない。
誰が自分を犠牲に世界を救おうとするものか。自分が死んで世界が幸せ
なら幸せ。そんなお人好しがどこにいるものか。
現実に、絵麻の祖母は世界と自分を天秤にかけ、自分を取ったのだ。恋
人さえそのために見殺しにしたのだ。
けれど、パンドラは忘れている。
エマイユが、恋人を救おうとした事を。
パンドラの放った闇に倒れた雷牙を、彼女は助け起こした。
このままなら2人とも死ぬのは明白だった。世界が滅ぶ事も雷牙は承知
していた。
だから、彼は自分の命をかけて、エマイユを別の世界に飛ばしたのだ。
愛していると。
君だけは生きてくれと、そう告げて。
エマイユは最後まで抗った。けれど、雷牙はそれだけは聞かなかった。
エマイユを救うだけなら、雷牙は死ななかっただろう。けれど、彼はエ
マイユを逃がした後、パンドラを次元を歪めた箱の中に封じた。
その時の負荷が原因となって、彼は倒れたのだ。
パンドラは忘れてしまっている。
人を愛するという気持ちの強さ。人間が持っている、優しい感情を。
「アンタは平和姫にはなれないわ。恋人が死ぬのを見てなさい」
絵麻はゆっくりと首を振った。
その瞳に宿る強い光を見て、パンドラは一瞬、動けなくなった。
覚悟の光。何もかもを許し受け入れる、聖母の表情。
消えてしまうのは怖かった。
仲間と、翔と離れてしまうのは嫌だった。
けれど、みんなが生きていけなくなってしまうほうが、もっと怖い。
わたしは、大切な人達に生きていて欲しい。そのために自分ができるこ
とは?
そう考えた時、絵麻は翔が言っていた言葉の意味を理解した。
『今、僕は抵抗する気は全くない。だから、これは僕の、心からの気持ち
だよ』
ああ……そうなんだ。
今の、この思い。これは、わたしの心からの気持ち。心からの願い。
絵麻はペンダントを掲げた。
パンドラは驚愕した。
この娘は、自分の命を捧げる気だ――!
闇を放つが、それは虹色の光に阻まれてしまった。
「アンタ……本気なの?」
声が震えている。
「アンタは騙されて裏切られて、利用されて捨てられたのよ? それなの
に、従うの? 自分の考えなんて持ってないの?」
「これは、わたしの気持ちよ」
絵麻は言った。
「たとえ決まっていた事でも、これはわたしの気持ち。わたしは、お祖母
ちゃんを信じてる。お祖母ちゃんがわたしを道具にするわけがない」
大きく息をして。宣誓するように絵麻は続けた。
「わたしは道具じゃない。操られているわけじゃない! これは、わたし
の意志!!」
自分の、深川絵麻の気持ちだ。
応えるように、手の中の青金石が強い輝きを放った。
その時、翔が叫んだ。
「絵麻っ!」
彼はまだ倒れたままだった。動かない体を、懸命に動かそうとしていた。
瞳が、絵麻にいっては駄目だと訴えていた。やめてくれと訴えていた。
「翔」
絵麻は微笑んだ。
「わたし、みんなのことが好き。翔のことが、大好き。
――ありがとう」
「絵麻……!」
もう、とめられない。
翔は悲痛な表情を浮かべた。
絵麻は、パンドラに向き直った。
パンドラは狂ったように闇をぶつけてくる。しかし、当たらなかった。
絵麻はペンダントを胸にあて、目を閉じた。
唇が召喚の言葉を唱える。
「『永遠の誓い。我が魂にかけて、ここより御身を解き放たん。今こそ、
目覚めの時』」
目を開ける。世界の全てに、絵麻は微笑んだ。
「『――来たれ、平和姫』」