氷の刃を構えたリリィを、メガイラは満足そうに見つめた。 「さあ、お行きなさい」 リリィはふらふらと、回廊を進みはじめる。 「貴方をさげすむ偽善者を始末なさい」 ふらふらと歩いていたリリィは、数歩行ったところで唐突に動きを止め た。 「? 動きなさい」 命じても、ぴくりとも動かない。完全なコントロール下にあるはずなの に。 不思議に思ったメガイラは、リリィを覗き込んだ。 その瞬間、虚ろだった瞳に光が戻る。 リリィは手にした刃を、メガイラの首に突き刺した。 「……!」 メガイラはよろけながらも長針を投げる。リリィは舞うような動作でそ れをかわした。 「ふざけないで」 リリィは言って、再び刃を具現化した。 「私は、絵麻を信じてる。絵麻は、人をさげすむような子じゃないわ」 「なぜ……」 メガイラは首を刺す刃を抜き取った。 黒く、闇が吹き出す。それでも、信じられないことに、まだ動けるよう だった。 それを見ても、リリィは強い態度を変えなかった。メガイラに立て続け に3本、刃を投げつける。 メガイラは長針でそれに応酬した。 「いつでも晴れた感情を持ってるわけじゃないわ。ケンカしたい時だって ある。イライラする時だってある。でも、それが人間ってものじゃない?」 自分は人が思うほど完璧じゃない。 絵麻に、黒い感情を抱いたことがある。どうして自分を助けたのかと、 一時は本気で恨んだ。 だけど、その暗い部分も自分だ。リリィ=アイルランドを形作る大切な 一部だ。 記憶もそうだ。辛い記憶と嬉しい記憶が、混ぜ織りになって今の自分を 作っている。 それは否定できない。だって、今の自分が好きだから。 大切な仲間と共にいられる、今が大好きだから。 「そうやって生き恥をさらすの?」 メガイラの言葉の魔力に、リリィはもうだまされなかった。 氷の刃を具現化する。 投げるように見せかけて、リリィは一気に間合いを詰めた。 「!」 ふいをつかれたメガイラの額の黒水晶に、リリィは刃を振りおろした。 「生き恥なんて思わない。私は、新しい思い出を作るために生きるの。 つらいかもしれないけど、楽しい事だっていっぱいあるはずよ」 だって、みんなと生きて行くんだから。 そう付け加えて、リリィは笑った。 メガイラの凄まじい悲鳴とともに、闇が膨れ上がる。 「パンドラ様……」 闇の中でメガイラの体は分解され、粒子となって崩れ落ちて、消えた。 ひびの入った黒水晶だけが後に残り、それもまた崩れた。 リリィは息をついて、刃を具現化していた能力を解いた。 「行かなくちゃ」 自分に活を入れる。 行かなければ。 自分のかけがえのない人たちを、守るのだ。