「こんなのもできるよ?」 ティシポネは得意げに胸をそらすと、視線を絵麻の頭上の壁に集中させ た。 次の瞬間、その壁にひびが走り、みるみるうちに崩壊した。破片が絵麻 と、横にいた翔の頭に降り注ぐ。 「……!」 翔は絵麻を抱え込むと、横に逃れた。 マスターの反射神経のおかげで直撃は免れたのだが、それでも破片が髪 や肌をかすめ、あちこちに小さな傷を作った。 「翔!」 「……絵麻、大丈夫?」 翔にかばわれていた絵麻はさほど被害を受けなかったのだが、舞い上がっ た粉塵に咳込んだ。 「よりによって封隼かよ……」 信也が剣を構える。 封隼は姉である唯美同様、特殊能力者である。 唯美は瞬間移動を得意とするが、封隼は唯美ほどの瞬間移動は使えない。 代わりに、視線で対象を定める念動力を持っていた。 遠くまで移動することのないこういう状態なら、確実に誰より強い。 その能力が敵方に回ったら……。 「ふふっ。いっくよー」 ティシポネが瞬間移動して、絵麻の前に現れた。 「!」 絵麻はとっさにあとさずる。しかし、ティシポネの姿は次の瞬間またか き消えた。 今度は、信也の構えた剣先の上に、つま先でちょこんと乗っていた。 「このっ」 信也が振り払うと、ティシポネはにまっと笑ってまた消えた。今度は元 いた位置に何事もなかったような顔で出現する。 「ねえ、もっと遊ぼう?」 そう言って、ティシポネはまた消えようとしたのだが、彼女は消えなかっ た。 両腕が体の脇にぴしりとはりつき、体が強張っていく。 「え?」 ティシポネの表情に、はじめて怯えが現れた。 「……早く行って」 封隼が小さく言う。 「封隼?」 彼はじっと、視線をティシポネに注いでいた。額に汗の粒が浮いている。 「同じ能力なら、おれが止められるはずだ。だから、早く」 「けど、同じなら相打ちに」 不安そうにするリリィの背を、翔が押した。 「大丈夫。封隼なら、絶対に大丈夫だから」 「もうっ、動けないのやだっ!!」 ティシポネはふくれていたのだが、何かとっておきのことを思いついた 子供のように笑った。 視線を集中させる。 その瞬間、封隼の体が後ろに吹き飛んだ。 「封隼!」 とっさに側にいた唯美が受け止めるが、彼女も壁に体を叩きつけられた。 「たっ……」 唯美は封隼を抱えたまま、その場に崩れ落ちた。 「唯美、封隼!」 駆け寄ってこようとした絵麻を見て、唯美は切れ切れに言った。 「アタシたちに構わずに、早く……」 「でもっ」 絵麻が動かないのを見て、唯美はパワーストーンを握り直した。 輝きが集まる。彼女の視線は廊下の先の闇に固定されていた。 「唯美ダメ! しんじゃ……」 思わず叫んだ絵麻と、唯美の視線が合う。 唯美は笑っていた。 「任せたよ、絵麻」 光が弾けた時、5人の姿が消えた。 「あー、ズルいズルい!」 ティシポネが地団駄を踏む。 「ズルいのはそっちでしょ?! 人の一族の能力ほいほいコピーしないでよ! 習得するのたいへんなんだからね!」 「唯美姉さん……」 この状況なのにこの言い草。 力が抜けて、思わず封隼の表情が緩む。 「とっとと片付けるわよ。あと、ケガしたら承知しないからね!」 姉の強い言葉に、封隼は頷いた。