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 絵麻たちは瞬間移動で、城の入り口に来ていた。
 亜生命体の騒ぐ声がする。
「大丈夫かな……」
 振り返った絵麻の背を、翔が押した。
「今は自分のこと考えて。早く終わらせれば、そのぶんだけ危険も少なく
なる」
 ぽっかりと口を開けた入り口の先は真っ暗で。闇の底に続いていくよう
だった。
「見えないな」
「明るくするか?」
 言って、信也が拳大の火を出現させる。
 その瞬間、何かが空を裂く鋭い音が聞こえた。
「危ない!」
 反応が早かったのは、いちばん後ろにいた封隼で。
 多分、自分だけに使える瞬間移動で移動したのだろう。彼は信也を突き
飛ばした。
「えっ……」
 そして、自身はその場で、暗闇に紛れて迫っていた、黒衣の人物の突き
だした鍵爪を、何とか後方にそらした。
「ふぎゃっ」
 黒衣の人物が壁にぶつかり、悲鳴をあげる。
 同時に、封隼も体勢を崩して、床に倒れこんだ。
「いったぁい……何するの?」
 黒衣の人物は立ち上がると、ふるふると首を振った。
 団子に結われた黄色い髪。額には黒水晶が埋め込まれている。
 愛らしい子供の面立ちに浮かぶのは、無邪気ゆえの残酷さ。
 パンドラ直属の部下『エウメニデス』。
 その1人であるティシポネだった。
「ひどいよ、ティッシーただ遊んでただけなのに!」
 ティシポネがきーきー声でわめく。
 その手には体に不釣合いな鍵爪が握られていた。
「邪魔するなっ!」
 その鍵爪を、体制を崩していた封隼に向けて振りかぶる。
「封隼!」
 唯美がポケットから折りたたみ式のナイフを出し、それを受け止めた。
 金属同士がぶつかる派手な音が聞こえる。
 耳障りな嫌な音だったが、ティシポネはそれを聞くとケラケラ笑った。 
「はじまりの鐘だね。今日は世界の終わる日。姫の世界の誕生日!」
「ふざけてんじゃないわよっ!」
 唯美が、手にしていたナイフを投げる。
 近距離だったから、絶対に避けられないはずだった。
 しかし、信じられないことに、ティシポネの姿が白い光に包まれるとか
き消えた。
 ナイフが空を切る。
「えっ……」
 そして、相手を見失った唯美の死角に現れると、彼女に向けて鍵爪を振
るった。
「唯美姉さん!」
 封隼がとっさに姉の足をひく。バランスを崩して倒れた唯美の頭のあっ
たところを、ティシポネの鍵爪が空振りした。
「今の……?!」
 思いあたる可能性に、絵麻は身震いする。
「へっへっへー。テッシー、バージョン・アップ! 姫のおかげだよ♪」
 彼女は記念撮影をする子供のように、高々とVサインした。
「まねっこどんどん! さわったものの真似っこだよ」
「……畜生」
 封隼が顔を歪めて吐き捨てる。
 さっき、鍵爪をそらした時に封隼はティシポネと接触している。その時
にティシポネは、彼の瞬間移動を『真似』できるようになったのだ。
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