「!」
「『平和姫』はお前の魂の消滅と引き換えに、お前の体に召喚される。
お前の意識が消えることで、体は平和姫になり、ガイアは救われる」
Mr.PEACEは淡々と言った。
パンドラは理不尽な世界を恨んだ。エマイユと雷牙はパンドラを恨んだ。
Mr.PEACEはエマイユ――絵麻の祖母と、力を継いだ絵麻を恨み、
絵麻は今、この理不尽な世界に憤りを感じている。
誰も、悪くなかったのに。ただ、幸せになりたかっただけだったのに。
多くを望んだわけじゃない。こんなにひどい悲しみで返されるようなこ
とはしていない。
きっかけは小さなこと。それは、時間が経つごとに、大きなマイナスの
感情のうねりとなって膨れ上がった。世界を飲み込むほどに大きく。
「そんな……そんな、こと……」
「お前も、自分可愛さに世界を犠牲にするのか?」
「……」
短剣をじっと見つめ、迷い続ける絵麻に、Mr.PEACEは唇を歪め
て告げた。
「決心がつかないなら、お前の大切な者にも犠牲になってもらおうか」
「なっ……!」
弾かれたように、絵麻は顔を上げた。
「貴方は、何を……」
「私ではマスターには敵わないな。そうだ、こうしよう。
アテネには、シエルを殺すと言えばいい。封隼には、唯美を殺すと言え
ばいい。唯美には封隼を。哉人はアルパイン兄妹を人質にとろうか。シ
エルにはアテネを。リョウには信也を。信也にはリョウを。リリィには
過去をバラすと言えばいい。
翔は……絵麻、お前だな。翔がいちばん簡単そうだ」
Mr.PEACEの顔には壊れた笑みが浮かんでいた。
「なんてことを」
「大切な人のために自分を犠牲にするのか、それとも自分可愛さに裏切る
のか。
ハハッ、面白い見物になりそうだ」
「ひどい……」
絵麻は両手で顔をおおった。
こんな人が、自分たちの指導者?
絵麻は絶望すると同時に、1つのことを考えていた。
これ以上、大切な人たちをこの人に弄ばせるわけにはいかない……!
絵麻は短剣を取ると、震える手で鞘から引き抜いた。
そして、尋ねた。
「わたしがここで死ねば、みんなに何もしないと約束してくれますか?」
「お前さえ死ねば、奴らに手出しする理由は何もない。無駄な事をする気
はないよ」
「絶対に何もしないで」
絵麻は息をついて、刃を胸に当てた。
「みんなを、これ以上苦しめないで下さい」
自分の命で、全てが終わるのならそれでいいと思った。
自己犠牲とか、自暴自棄だとか、そういうものではなくて。
自分は、一度殺された人間だ。それなのに、とてもたくさんの幸せをも
らった。
カノンがいた。カノンは、自分を対等な友人として接してくれた。絵麻
にとって、はじめてできた友達。
信也とリョウ。父と母、といったら怒られるかもしれない。限りなく父
親に近い兄であり、実の母と姉よりずっと優しい姉だった。
シエル、哉人、唯美。最初は苦手な部分があった。育った場所も好むも
のも、みんな違う。けれど、クラスメイトなんかより、ずっとずっと近し
い友達だった。
封隼とアテネ。タイプは違うけれど、どちらもどこか放っておけない部
分があった。弟や妹がいたら、こんな感じだったかもしれない。
リリィ。側にいて、ずっと自分を見守ってくれた。欠けていた部分を補っ
てくれたし、絵麻も彼女の支えになれていたと信じている。大切な、大切
な親友。
翔。ずっと、ありのままの自分を見てくれていた人。最初はただ甘えて
いた。けれど、彼の中の寂しさや悲しさに気づいた時、ずっと一緒にいて
やわらげてあげたいと思った。
初めて好きになった人。最初で最後の、大好きな人。
抱えきれない、たくさんの幸せな感情をここでもらった。
ここに来なければ、きっと永遠にわからないまま終わっただろう。
もし、神様がいるのなら。守ってくれる大きな何かがあるのなら。
神頼みは、実は、あんまり信じていないのだけれど。
最後のお願いです。
わたしの大切な人たちが、これ以上傷つくことがありませんように。
『永遠の誓い』
目を閉じると、言葉は絵麻の内側からこぼれ出た。
『我が魂にかけて、ここより御身を解き放たん。今こそ、目覚めの時
――来たれ』
ポケットの中のペンダントが、虹色の輝きを放つ。
Mr.PEACEの不気味な笑顔が強くなる。
絵麻は短剣を握る手に力をこめた。