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 体を震わせ、うずくまる絵麻にMr.PEACEは容赦なく続けた。
「お前のせいだ。お前のせいで、私はミオを失った!」
「ミオ?」
 孤児院を手伝う女性、ミオのことだろうか。でも、彼女は生きて……。
「初代Mr.PEACE、天承氷牙は神とある契約を交わし、その力で我
ら天承家はこの地位を保った」
「神と、契約……?」
「世界に流れる全ての情報――過去や未来、人の心をも見通す力だ。その
代わりに、愛する者を全て失う。天承氷牙は兄とエマイユの無念を継ぎ、
世界を正すためにこの力と呪いを受けた。そして、代々のMr.PEAC
Eは皆、この呪いを負わされた」
 一度交わした契約は破棄されることなく、天承家の長子に引き継がれた。
 神はとても残酷だった。必ず、呪いの継承者が生まれる状況を作ってく
れたのだから。
 呪いを受けたものは愛する者を失う恐怖から、誰も愛さないと思うよう
になる。けれど、どうしても人を愛してしまう。やがて子供が――呪いの
継承者が生まれ、幸せの絶頂で彼らの身にかけられた呪いは発動する。
「先代は、私の父は呪いを恐れ、家庭を顧みなかった。私の母は寂しさの
中、たった独りで呪いの餌食になった」
 Mr.PEACEの声は湖水のようになめらかだった。
「私は母を顧みない父を憎んでいた。その父が亡くなり、私は『Mr.P
EACE』を継がされた。
 この事には逆らえなかったが、私は自分の呪いに抗う事にした。家庭と
妻を――ミオを誰よりも何よりも大切しさえすれば、呪いもあきらめるの
ではないか。そんな甘い事を思っていたよ」
 なめらかだった声が、唐突に怒りをはらむ。Mr.PEACEは血が流
れるほど強くこぶしを握った。
「けれど、それは間違いだった。
 ミオは武装兵に殺された。お前が私の目の前に現れる3年前のことだ」
 Mr.PEACEは憎悪の瞳を絵麻に向けた。
「どうしてだ……どうしてあと3年早く現れなかった。お前さえ現れてい
れば、呪いは終わった! ミオは死ななくてすんだんだ!!」
「待って……ミオさんは亡くなってないわ!
それより、全てを見通せる力って、もしかして、いつ、どこで、どんな争
いが起こるかを、貴方は……」
「知っていた」
 Mr.PEACEは何事もないように頷いた。
「それだったら……貴方はカノンが、バーミリオンの人達が街に帰ればど
うなるか、知っていたんですか?!」
 今はもういなくなってしまった大切な友人の、明るい笑顔が胸をよぎっ
た。
「そうだが?」
「なら、どうして?! 貴方が教えてくれたら、カノンは……」
 言った時に、絵麻は恐ろしい可能性に思いあたり、背筋を震わせた。
「もしかして……唯美たちのことも? シエルたちのことも?」
 体の芯が冷え込む。
「哉人のこと、信也のこと、リョウのこと、リリィのこと、翔のこと……
貴方は、全部知っていたんですか?! 知ってて黙ってたんですか?!」
「だったらどうだというんだ?」
 絵麻に強い非難の視線を向けられても、Mr.PEACEは平然として
いた。
「ありふれたことだ。同じような境遇の者は星の数ほどいる。それら全て
を助けられるほど、私の手は広くない」
「でも、それでも何かが変わったかもしれない! 貴方が教えてくれさえ
すれば、皆は苦しまなくてすんだ!!」
 側にいたから、彼らがどれだけ苦しんできたかを絵麻は知っている。
 苦しんで、傷ついて。必死に受け入れようとして、受け入れられなくて、
また苦んで傷ついて、それでも痛みをこらえて生きていた。
「何で助けてくれなかったんですか?! そんなの、酷すぎる!!」
 絶叫した絵麻に、Mr.PEACEは静かな声で言った。
「彼らの苦しみの元凶は、内戦だ」
 びくりと、絵麻の動きが止まる。
「100年前に内戦さえ終わっていれば、彼らは苦しまなかった。両親と
死別する事もなく、存在を勝手に作られることもなく、暖かい家庭で幸せ
に暮らしていただろう。
 だが、内戦は終わらなかった。その理由はなぜだ?」
「……!」
 絵麻の表情が凍りつく。
「深川絵麻、お前のせいだ! お前が生きているから内戦は終わらない。
彼らを不幸にしたのは、お前の存在だ!!」
 絵麻は両手で口元をおおった。
 みんなの苦しみは、わたしが……!
「彼らだけではない。お前が生きている事で、ガイアじゅうが苦しんでい
る」
 Mr.PEACEは冷徹な声で言うと、懐から短剣を取り出し、絵麻の
足元に投げた。
「償いとして、今、ここで死ね」
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