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2.過去からの追跡者

 絵麻は第8寮が住居兼職場なので、買い物に出る時以外は外出しない。
 第8寮はPC本部や他の地方との交通手段であるバス停、商店の集まる
中心地から20分以上歩いたところにある。
 ガイアは一部の貴族にしか車が普及していないから、当然のごとく第8
寮に車はない。自転車もないから、移動手段は基本的に徒歩だ。
 その日も、絵麻は時間をかけて歩いて、商店の集まる中心部に来ていた。
 いつもの雑貨屋で買い物をして、茶色の紙袋に荷物を入れてもらう。
「はい、いつもありがとう。これはサービスだよ」
 言って、店長がクーポン券を2枚絵麻に差し出した。
「ありがとう。これ、何ですか?」
「そこに新しい建物ができたのは知ってるだろう?」
 店長が指した窓の先には、確かに新しい木材でできた店がある。
 新しいせいもあるのだろうが、どこかしゃれた感じの建物だった。
「喫茶店なんだ。そのクーポン券で飲み物が1杯無料になるよ」
「喫茶店」
 絵麻は手の中の、質の悪い紙に印刷された文字をしげしげと眺めた。
「ちょっと覗いてみようかな。ありがとう」
「絵麻は一緒に行く人はいないのか?」
 店長に聞かれ、絵麻は一瞬まじまじと彼を見返してしまった。
「何か顔についている?」
「あ、ごめんなさい。最近この手の話題が多くって」
「絵麻ももう17だろう? こんなにゆっくりじゃ嫁ぎ遅れるぞ」
 絵麻は曖昧に笑うと、暇を告げて店から出た。
 ガイアは13歳で成人する世界だから、絵麻の年齢で既に既婚者、または
 母親であるという人がいるのが普通のことだ。現代だったら卒倒物の話
だが。
 絵麻は手の中のチケットを見返した。
(翔を誘ってみようかな……)
 第8寮のメンバーがいないところで話がしたい。寮では正直な話、秘密
の話と言うのはできないから。
 どんな店なのかにも興味があって、絵麻はその建物の向かいに回ってみ
た。
 扉に色ガラスが使われていて。窓は大きな1枚ガラスで、店内がよく見
えた。
 もっと近くで見ようと、絵麻はそのガラス窓に寄ってみる。と、店内に
見知った人物がいるのが見えた。
 店内の席に座っているのは翔だった。
 例によって何冊かの本をテーブルに積み上げて、その上にコーヒーのカッ
プが置いてある。調べ物をしていたのだろうか。
 その時、絵麻は翔の席の向かいにもう1人、知らない人が座っているのに
気がついた。
「!」
 どくんと心臓が跳ねて。絵麻は反射的に建物の陰に隠れた。
 見た事のない女性だった。絵麻より少し年上だろうか? 黒髪をショート
カットにした、活動的な印象の美人だ。
 彼女はとても楽しそうに笑っていた。その笑いに対して翔が何か言ったよ
うで、さらに笑いが大きくなる。
 翔は困ったように笑うと、コーヒーを一口飲んでまた本の上に戻した。女
性は口をとがらせて、そのコーヒーをテーブルにきちんと置き直す。
 翔は目礼すると、手元のノートに何か書き始めた。女性はそんな翔を満足
そうに見ている。
 それはまるで恋人同士のようで。
 絵麻がそう意識した瞬間、奇妙な感覚で胸が痛んだ。
「……」
 絵麻はくるりと踵を返してその場から走り去った。
 何で走り出したのかは自分でもわからなかった。
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