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 以降、翔が第8寮の住人ではない他の女性といつも一緒にいるという話
が、ひっきりなしに絵麻の耳に飛び込んでくるようになった。
「最近アイツ、付き合い悪いんだよ。昼とかもいつもその女と一緒だし」
 昼食だけは皆、PCにある食堂で食べている。時間が同じになると一緒
に食べることがあるらしいのだが、誘ってもむっとした顔で断るのだと言
う。
 そして、そんな彼の横には必ず、例の女性がいるのだと。翔が2人分の
トレイを持って、女性はそんな翔を満足げに見ているのだと。
「そうなんだ」
 絵麻はそれだけ言った。自分でも驚くほど無機質な、つまらなそうな声
だった。
「絵麻?」
「ごめんなさい……洗濯物取りこんでくるね」
 言って、絵麻はぱたぱたと庭の方に駆けて行った。
 洗濯物の中にも、翔の物はない。今朝「洗う物はカゴに入れておいてね」
と言ったら、自分の物には一切触らないでくれと、冷たく返されてしまっ
た。
(彼女が洗っているのかな……)
 そんなことを考えて、絵麻は首を振った。
 翔のすることに自分は関係がない。
 たまたま、彼に拾ってもらった。たまたま、変わったパワーストーンを
持っていたから、サンプルとして側に置いてもらった。それだけだ。
 絵麻は乾いた洗濯物をカゴにぎゅうぎゅう押し込むと、リビングにとっ
て返した。
 リビングに入ろうとしたところで話し声が聞こえ、絵麻は足を止めた。
「じゃあ、翔さんと一緒の人は科学開発室の人なんだ?」
「Mr.がじきじきに国府シンクタンクから引き抜いてきたんだと」
「国府系のエリートか」
「しかも美人と来てるからね。天は二物も三物も与えるってゆーか」
「……」
 聞くともなしに聞こえた会話に、絵麻はその場から動けなくなってしまっ
た。
「やっぱり、話が合う人がいいのかな」
 続いたリリィの声が、絵麻の胸を抉った。
「私たちでは、難しい話はできないから。話が合う相手に出会えて嬉しい
のかな」
「一般人じゃ翔にはついていけないよ」
 口々に同意の声がする。
「仕事中は当然一緒のとこだし、昼も定時後も一緒だろ?」
「翔もついに色ボケしたんだな。縁はなさそうだと思ってたんだけど」
「そうなの? だって、絵麻ちゃん……」
 自分の名前が聞こえた瞬間、絵麻は洗濯物の入ったカゴを取り落とした。
 鈍い音がして、足元を布の山が埋める。
「……絵麻?」
「絵麻ちゃん!」
「ごめんね、せっかく洗ったのに落としちゃった……」
 絵麻は無理に笑い顔を作った。
 久しぶりにした作り笑いは辛くて。頬がひきつっているのが自分でよく
わかった。
「絵麻、ごめんね」
「何で謝るの? 謝るの、こっち……」
 絵麻は作り笑いを続けた。前は簡単に出来た事が、こんなに難しいとは
思わなかった。
「そんな顔をしなくていいから!」
 リリィが強く、絵麻の肩をつかむ。
「わたし、どんな顔? 笑ってる……よね?」
「笑ってないわ。泣きそうな目をしてる」
 そう強く言われた瞬間、表情はふいに壊れた。
「リリィ……」
 泣き笑いになって、絵麻は続けた。
「わたし、前はいつもこんな感じだったの。自分が欲しい物は絶対に入ら
ないから、最初からあきらめるようにしてたの。そうすれば手に入らなく
ても悲しくないから」
 流行りの新しい服や、美味しいお菓子。
 仲良しのクラスメイトや先輩後輩、側にいてくれる家族。みんな、絵麻
が欲しがって手に入らなかった物だ。
 持っている人は大勢いて、その人たちは、そんな事は当たり前の顔で毎
日を過ごしているけれど。
 それらは、普通の人にとって空気のように当たり前のそれらは、絵麻の
ものではなかった。
 ないものねだりをしても、どうしようもないから。だから、絵麻は目を
閉じて、耳をふさいで諦めた。
「分不相応なもの、持っちゃうとツラいね」
「……」
「ずっと前に諦めたんだけどな……ここにいるとあったかいから、そうい
うの忘れちゃうね」
 絵麻はまた、無理やりに笑った。胸の中に苦しくてにがいものが広がる。
「あのね、絵麻」
 リリィが静かに続ける。
「ここを暖かくしたのは、貴女よ。それを間違えないでね?」
「え……」
「前はもっと冷たかったよね?」
 リリィが他の面々を振り返ると、彼らは頷いた。
「掃除も洗濯もテキトーだったし」
「仕事して帰ってきても食事なかったな。全員で食べるとか、絶っ対あり
えなかった」
「もっと殺気だって張り詰めた感じ……まあ、アタシの場合は元々そうな
んだけど。皆そうだった。今は絵麻見てると気が抜けると言うか」
「唯美姉さん、言い方ひどくない?」
 認めるけどと続けた封隼に、全員が異口同音に「認めるのか」とつっこ
んだので笑いがおきた。
「だから、絵麻。そんな悲しい事は言わないで欲しいんだ。そんな顔も、
しなくていいの」
 リリィは言葉に力をこめて言うと、絵麻を抱きしめた。
 唯美とアテネが、何度も何度も頷く。
「……ありがとう」
 絵麻は心配させないようにまた笑ってみせたのだが、今はもう、にがい
ものは感じなかった。

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