翌日も、翔は調べ物をしていた。 相変わらず、無数の本を積み上げて、本の山の中でまた資料を繰ってい た。 今日の調べ物はパワーストーンのことでも、義手義足に関する事でもな かった。 古い記録だ。 パワーストーンのことを調べていた時に、PCの図書室で見つけた、 100年前の資料。 それを書いたのは「天承氷牙」という人物だった。 翔はその人物の事を調べてみた。 彼はPC創始者として崇められる、天承匠の息子で。彼は父の死後PC の組織を受け継ぎ、最初の『Mr.PEACE』となっていた。 『Mr.PEACE』というのは代々の総帥が使う呼称で。創始者の天 承匠だけは別格で呼ばれるため、この名を使っているのは現在のMr.P EACEを含めて6人だ。 しかし、不思議な点があった。 調べた結果、天承氷牙は天承匠の次男なのである。 ガイアでは基本的に男子の第一子――長男が父親の職業を継ぐ。100 年前ならその風潮は今より強かったはずだ。氷牙は次男なのだから、PC を継ぐのは長男でなければおかしい。 その長男、雷牙は100年前、氷牙がPCを継ぐ直前に戦死したと資料 にはあった。 戦死したから、次男である彼にお鉢が回ったと言ったところか。けれど、 その死にはいくつかの不審な点があった。 まず、その日に戦闘があったという記録がどこにもない。 それなのに、資料は雷牙の「戦死」を記録している。 そして、時を同じくして、PCからもう1人、行方不明者が出ているの だ。 PCとは、天承匠という一介の民間人が3人の人物の協力を得て作り上 げた組織である。匠は『創始者』、他の3人は『創設者』と呼ばれて別格 化されている。これは初等学校でも簡単ではあるが習うことで、皆知って いる。 その創設者の1人に、ランディ=ウィスタリアという男性がいる。中央 の貴族や金持ちが守られてのうのうとくらし、貧しい者が犠牲になってい く内戦を憂いた彼は、貴族出身ながらPC設立のために私財を投げ打って 尽力した。彼の妻もまた、併設された孤児院を任され、夫婦でPCに関わっ ていた。 この夫婦の1人娘、エマイユが雷牙の死と同時に失踪しているのだ。 見つかったという記録はない。 さらに、パンドラは100年前のちょうどこの頃に1度消え、隆盛を 誇っていた武装集団は弱体化する。 これらは、偶然なのか……? 偶然が重なるという事もあるだろう。けれど、この時期に不審な死者が いて、行方不明者がいて、初めてのMr.PEACEが誕生し、パンドラ は消えた。そして彼女はこの時期――100年前の恨みを絵麻にぶつけて いる。 「何かあったんだ……でも、何が」 コピー用紙の束を持ち、その端をペンで叩きながら翔は1人ごちた。 その時、自分の席の前に人影が立った。 「あ、すいません。すぐに席、片付け……」 連日コーヒー1杯だけで食堂を利用するので、さすがに職員が文句を言 いに来たのだろう。翔は慌てて顔を上げたのだが。 「明宝翔さんですね?」 そこにいたのは自分と同じ年頃の女性だった。 黒髪をショートカットに切りそろえた、活動的な印象の美人だ。すらり としていて、瞳は片方が黒く、片方は灰色。左手で杖をついていた。 「そうですが……どちらですか?」 こんな知り合いがいた覚えはない。 名前を聞くと、女性は満足げに微笑んだ。 「探してました。ずっと、ずっと。 ――14年前から」 言って、彼女は翔の耳元に口を寄せると、ある事を囁いた。 「!」 それを聞いた瞬間、翔の表情が歪んだ。