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1.甘い気持ち

 その日、夢を見た。
 何度も何度も繰り返している悪夢。
 悪夢のような、現実。

 大人の学者たちに混ざり、一緒に実験をしていた。
 机や実験器具がずらりと並び、分厚い強化ガラスに隔てられた特別実験
室の方では、両親が別の実験に立ち合っていた。
 両親に、母にこちらを見て欲しい。
 ほめて欲しい。抱きしめて欲しい。
 それは生まれてから6年間、ずっと抱き続けてきた願いだった。
 叶った事は、なかったけれど。
 だから、爆発薬の実験が大好きだった。ちょっとの爆発音で周りの科学
者が顔色を変え、飛んでくるのが面白かった。いつか母も来てくれるんじゃ
ないかと思った。
 机の上に何種類も並んだ薬品を次々に調合していく。今までに試した事
のない組み合わせをすべてやりつくすように。
 実験に没頭した。だから、絶対に触ってはいけないと言われていた薬の
リストに手を出した。ほんのちょっとなら大丈夫だと思った。
「あれ?」
 たった1滴落としただけで、試験管の中の液体は汚い色ににごり、ごぼ
ごぼと泡立っていく。
「何、これ」
 顔を近づけた、次の瞬間。
 轟音と共に火柱が上がる。
 悲鳴をあげることはできなかった。
 体がばらばらに吹き飛び、そして……。

 翔は自室で目を覚ました。
「……」
 まだ部屋の中は暗かった。夜が明けていないのだろう。
 額ににじんだ汗をぬぐう。
 手の火傷痕にじわっとしみて、嫌な痛みが走った。
 布団もシーツも汗でぬれていた。交換しなければ眠れそうにない。
 翔は緩く首を振ると、立ち上がった。
 窓の側に寄り、外からの僅かな光にじっと手をかざす。
 月のない夜。
 火に焼かれ、赤黒く爛れた手は消えない罪の烙印であるように思えた。
「……」
 こつりと、窓に額をあてる。
 夜明け前がいちばん暗いという話を、翔は思い出していた。

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