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「おはよう!」
 絵麻はその日もいつものように朝ご飯を作っていた。
 コーヒーを入れて、トーストを焼く。サラダをボウルに盛り付けて、取
り皿を出す。主役のベーコンエッグは、黄身を固く焼くのが好きな人と半
熟が好きな人がいる。
「はい、そっちがシエルね。手前が哉人」
「わーい。黄身が固い奴だ」
「固いのぼそぼそして美味しくなくない?」
「オレ、半熟が納得できない。生じゃん。料理してないみたい」
「言ったな?!」
「そっちこそ」
「朝からケンカすんな!」
 フォークでちゃんばらをはじめたシエルと哉人に、信也の鉄拳制裁が決
まる。
 唯美がけらけら笑い、アテネははらはらしている。リョウは我関せずと
言った顔で新聞を読みながらコーヒーを飲み、肺炎の治った封隼は、唯美
の横で食べる事に没頭していた。
「おはよう」
 その時、聞き慣れない涼やかな声がして、絵麻はびくんと顔を上げた。
 全員が聞き慣れない声で、視線を台所の入り口に送っている。
 立っていたのはリリィだった。
 突然の視線の集中砲火に、困ったような顔をしている。
「あ、そっか」
 嬉しい事実を思いだして、絵麻はフライ返しを手に持ったままカウンター
を出るとリリィに飛びついた。
「リリィ、声が出るようになったんだよね!」
「絵麻、タマゴ焦げちゃうよ?」
 絵麻を一度受け止めてから、リリィは絵麻の顔を覗きこんで笑った。
「あ」
 慌ててカウンターの中にとって返す。
「やっぱり、声って便利だね」
 うんうんと頷くリリィに、皆が笑った。
 リリィはつい最近まで記憶と声とを失っていた。
 記憶が戻った時に声も一緒に取り戻したのだが、その記憶は幸せな物
ではなかった。絶望し、自刃するほどに重く苦しい記憶。目を覆い、耳
をふさいでしまいたいくらいに痛々しい過去。
 けれど、リリィは立ち直った。
 まだ完全ではないけれど、人前に出てこられるようになった。彼女とお
しゃべりができるのが絵麻は何より嬉しかった。
 リリィがもう少し元気になったら、女の子5人で夜通ししゃべりあかそ
うという計画を立てている。聞きつけた男性陣はげんなりしていたが、女
性陣はどこ吹く風だ。
 リリィは前回の任務終了時点でNONETを抜ける予定だったのだが、
結局そうしなかった。本人の気持ちを考えれば、今は結婚なんて誰が相手
でもできないだろうし、考えたくもないだろう。
 というわけで、NONETは相変わらず10人の大所帯だ。その後、何件
か小競り合いはあったが、全員行くまでもなく年少組トリオが片付けてし
まった。
 NONETは武装集団と対決する非合法のチームである。血星石の回収
も行っている。信也、リョウ、翔といった年長者が我の強い面々を何とか
まとめて、ここまでやってきた。
「そういえば、翔は?」
「今朝はまだ見てないけど」
「珍しいな……何があっても食事にだけは来るのに」
「焼いておこうかな」
 絵麻は片手でタマゴを2コ割って、フライパンに落とした。
「あ、タマゴ2つだ」
「翔は絶っ対おかわりするもん」
「さすが夫婦」
 絵麻の頬が、火をつけられたように赤く染まる。
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