桜の雨が降る------5部1章4
「それでちょっと焦げてるのか」
小さめのサンドイッチをちぎって食べていたウッドが、端からこぼれた肉が黒っぽいことに目ざとく気づいて笑う。優桜は思わず俯いて、手にしていたスープの入った入れ物の上に顔を伏せた。
「でもカリカリしてておいしーよ?」
メリールウはまるで小さな子のように両手でパンを持って頬張っていた。口元にソースとパンくずがくっついて、褐色の肌には尚更めだっていた。
「ものは言い様だねぇ」
今日はサリクス・フォートも一緒に夕食を食べていた。ウッドと対照的な派手なスーツにこれも派手な色のネクタイは崩れ、それがまたいい感じに収まっている。下から二重につけられた金と銀のペンダントが覗いていた。今日は繁華街のディスコで定期的に開催されるイベント――ダンスナイトの日なので、メリールウを誘いに来たのだそうだ。メリールウとサリクスはほとんど毎回、ダンスナイトに参加している。聞いたところによると、最初の料金だけで飲み物が自由に飲める設定で一晩中踊り明かす、という内容で、優桜もメリールウに連れられて一度だけ行ったことがあるが、健康嗜好の優桜の肌には眩しい照明も騒がしい音楽もお酒と煙草の強い香りも、どうしてもなじまなかった。それ以後、行こうと思ったことはなく誘われたこともない。
「こっち、ルーが作ったん?」
サリクスは二つ目の包みをあけると、メリールウに尋ねた。彼はメリールウのことをルーという愛称で呼ぶ。
サリクスが持った方の包みに入っていたのは、後からメリールウが作った野菜炒めを挟んだ物だった。メリールウは赤い目を丸くして、ころころと笑った。
「そだよー。何でわかったの?」
「具を挟む量が持つのにちょうどいいからさ。これは料理上手の技だよな」
具が多いのも好きだけど、俺はこっちのほうが好きだとサリクスが言う。
「ありがと! 好きって言ってもらったらうれしいよ」
「好きだよ。好きすぎて明日の朝は俺の部屋でモーニングコーヒー入れて欲しいって思うくらいに」
「あれ? 今日はダンスナイトでしょ?」
あたしとっても楽しみにしてたのにと、メリールウは屈託なく笑った。
「相変わらずつれないねぇ」
サリクスが息をついて肩を落とした。
この二人のやり取りはいつもこんな調子だった。サリクスがどれだけ誘っても、メリールウは言い抜けてしまう。けれど、優桜が知る限り、メリールウはどれだけはぐらかしても、サリクスを拒絶していないような気がした。だいたい「サリクスが好きで、他のみんなも同じくらい好き」と返しているように思う。
だから優桜は、メリールウがサリクスをどう思っているかわからない。サリクスが本気なのかどうかも怪しんでいる。彼も彼で、どんな女の子にも親しく声をかけるから。サリクスは外見通りの遊び人だ。きっちり仕事はしているが、その内容は優桜がどう見ても真っ当には見えない商売――繁華街の客引き係である。
「メリールウは料理が上手いから、いい嫁さんになれるよ」
どうやらサンドイッチひとつで食事を終えるらしいウッドが、紙ナプキンを取りながらそう言った。
「ホント?」
食べ終えて二つ目を手に取ったメリールウがウッドの方に身を乗り出す。
「ああ。家庭を持つんだったら毎日の食事が旨くないとな。メリールウなら合格」
「お前がメリールウに言うと犯罪くさいよな……」
笑っているウッドをサリクスがしらけた横目で見ていた。多分、年齢のことを言っているのだろう。ウッドとメリールウは確か十歳違いだ。
「成人してない相手に言ってるわけでも、相手が嫌がってるわけでもないし。法には触れてないだろ?」
「常識ってもんがあるだろうが」
「あたしはウッドのこと好きだよ!」
メリールウが元気に言ったので、サリクスががくんとつんのめった。優桜も思わず肩が下がる。
「ありがとな。今そう言ってくれるのはお前だけだよ」
ウッドは自分の方に突き出されているメリールウの赤毛の頭を子供にしてやるように撫でた。
「え? そうなの? ユーサだってウッドのこと好きだよね?」
くしゃくしゃになった髪を撫でつけながら、メリールウが優桜を振り返る。思いがけず自分に話が回ってしまい、優桜は硬直した。
「あ。そっかごめんユーサが好きなのはおにい」
その硬直を別の意味にとったらしいメリールウが、ぱっと口元を手で覆った。しかし、言葉は正直に口からこぼれている。優桜は慌ててメリールウの頭を押さえ込んだ。
優桜が従兄の明水に片思いしていることを知っているのは、ガイアではメリールウだけである。別に誰に知れても明水に聞こえる可能性はないのだが、優桜自身が恥ずかしい。
「オレが優桜に行くのはマズいだろ」
その騒動を眼前にしながら、なぜかウッドは顎に手を当てて真剣に考えこんでいた。
「何だよそれ。ルーとユーサってそんなに年違わないじゃん」
確かに、メリールウは優桜よりふたつ年上なだけである。
「いや、優桜だけは絶対に困ることになるから」
「お前の常識がわからん。前言ってたこととも違ってるし」
やれやれと言いたげにかぶりを振ったサリクスを見て、ウッドが息をつく。
「オレもお前が全くわからんよ。それはともかく、このままじゃ確かにマズいよなあ」
少し、暗い窓の方に視線をやって。そのあとでウッドは何事もなかったかのような口調で「結婚でもするか」と言った。
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