桜の雨が降る------4部1章1

戻る | 進む | 目次

4部1章 鼠小僧の憂鬱

 優桜は夕方の浜辺にいた。
 ちょうど、赤い夕陽が水平線に沈もうとしている時間で、海にはゆらゆらと太陽に続く金色の道が延びていた。一番星が、空に薄紫のカーテンをとめようとしている。
 ふと陸の方に目をやれば、そこでは星にも負けない輝きで東京都心がネオンに彩られていた。絶景の夜景だ。
 優桜は満足のため息をつく。そうだ。帰ってきたのだ。
 明水の声が聞こえるペンダント。あれこそが秘密の鍵だった。ペンダントを調べると、『偽りの平和姫』に関わる力が眠っていたことがわかった。騎士たちが求めていたのはその力だった。眠れる姫君は悪い魔王の人体実験により、魂をペンダントの中に封じられてしまった。優桜と姫君には地球とガイアの間にある七十二の絆の一つが通っていて、優桜がその絆を解放することでペンダントが砕け、目覚めた姫君によりガイアには真の平和が訪れ、同時に現代への扉が開かれたのである。
 そうして優桜はメリールウたちと涙ながらに別れ、現代へと帰ってきた。
『よく頑張りましたね』
 帰還すると、目の前に明水がいた。彼は優桜の頭を何度も撫でて、優桜のガイアでの頑張りをねぎらってくれた。
 今日は、優桜が無事に戻ったお祝いを家族がしてくれた。優桜のいちばん気に入っているレストランを借り切って、友達も呼んで楽しいひとときを過ごした。そこで解散するのだと思っていたら、優桜は明水からこの時間に浜辺に来て欲しいと囁かれた。
「兄ちゃん、何の用なんだろう」
 不思議に思いつつ、でも、どこかわくわくしてしまうのは何でだろう。こんな時間にこんな場所に呼び出す理由と言えばひとつしかないのではないだろうか。少なくとも、門限に過剰な制限のある従妹を呼び出す場所ではない。
 砂を踏む音がして、優桜は振り返った。そこに明水が立っていた。優桜が大好きな、穏やかな大人の微笑みで。
「明水兄ちゃん」
 ひやりとしたものが、優桜の耳に触れた。
 耳から頬にかけてを冷たいものに覆われて、優桜は思わず目を閉じる。
 その次の瞬間に優桜を待っていたのは、鼓膜をつんざく勢いのアラームの音だった。
「きゃあっ!」
 悲鳴をあげて飛び起きる。勢いでマットレスが波のように揺れ、そんな中で目覚まし時計が自分の役目を果たさんとアラームを鳴らし続けていた。
「ユーサ、起きた?」
 ひょいっと、メリールウが台所とつながった戸口から顔をのぞかせる。
「メリールウ」
 見回すと、そこは自分の部屋ではなかった。ガイアで住ませてもらっているメリールウのアパートだ。
 優桜は恥ずかしさのあまり、ぼふりと枕に突っ伏した。全部夢だったのだ。
「ユーサ? 具合、悪いの?!」
 頭の上でメリールウがおろおろしているような気配がするが、しばらく顔は上げたくないなと優桜は思った。
戻る | 進む | 目次

Copyright (c) 2013 Noda Nohto All rights reserved.
 

このページにしおりを挟む

-Powered by HTML DWARF-