桜の雨が降る 3部4章6
ツェルはオボアと二人で、台所にいた。騎士は姫君の側にいる。オボアは意外と器用な手つきで、ツェルの手に包帯を巻いてくれた。
「なあ、いつから気がついてた?」
オボアが問いかける。主語を略しているが、騎士の出自に関してのことだというのはわかりきっていた。
「五歳だったからねえ」
ツェルは言うと、巻かれたばかりの包帯に視線を落とした。
「母さんも父さんも、小さいから意味なんかわかってないって思ったみたい。そんなことないのにね。オボアもそうだったの?」
「オレはそうでもなくってな」
オボアは思い出すように、青い目を細めた。
「今だから言うけど、ヤンチャ坊主だったわけさ」
「今もじゃない」
「話の腰を折るなよな」
言って、彼は唇を尖らせた。黙っていれば騎士と同じく結構なハンサムと言えるのに、こういう顔をするから女の子からの評価がだだ下がりしていると気づいているのか。
「だから、母ちゃんにはよく怒られたわけだ。母親って小うるさくガミガミ言うもんじゃん? 早く寝なさいとか野菜も残さず食べなさいとか。なんで? って聞いたら子供はそんなん気にしなくってよろしい! ってさ。あれは理不尽だよなー」
「あたしも母さんと、父さんからも言われてたよ? 子供の頃だけど」
「うちはそーゆーのって母ちゃんの担当でさ。父ちゃんはそんなには理不尽に怒らなかったんだ。怒ることはあったけど、その時のオレでもわかるちゃんとした理由があって……理不尽に怒られたのは、一回だけ。兄ちゃんが欲しいっつった時」
オボアは苦笑いした。
「それが?」
なんでそれで怒られたのか、ツェルにはわからなかった。何も知らない子供が言ったことではないか。
「オレは騎士が来た時に『オレも妹じゃなくて兄ちゃんが欲しい』って駄々をこねたんだ」
彼女にあとから兄が出来たのなら、自分も次は妹ではなく兄が欲しいと。
「いやー、父ちゃんがマジギレしたのはあの時だけだぜ。母ちゃんと一緒になってこってり絞られた。二度と言うな誰にも言うなって。なんでっつっても子供は知らんでいいって一蹴して」
そして、オボアは成長と共に両親が理不尽に怒った理由を察した。
「怒ったわけだよなあ」
オボアがもう一度、苦く笑った。
「でも、だから覚えてたんだ。妹と弟は知らんと思うし、そうだったらいいなってオレは思うよ」
「あたしも、弟たちには怖くて聞けないよ」
子供の頃の年齢差は大きい。彼らは、おそらく知らないだろう。ラーリたちも、きっと。
「……姫君がどうか知ってる?」
ツェルは首を振った。
「わからない。聞いたことないから」
姫君はツェルとオボアより一歳年下だから、騎士が引き取られた当時は四歳だったはずだ。
「どうなんだろうな」
ツェルはただ首を振る。
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