桜の雨が降る 3部4章1
4.いちばんの罪悪
「どういう、こと?」
自分の声が震えるのがわかる。
だって、先ほどの会長は真面目そうで、外見だって態度だって本当に真面目で誠実で、商売だってちゃんとやって慈善家としての一面もあって、そんな人が無法地帯での銃の取り引きに関わってるとか――。
「そっか。入札屋敷だ!」
メリールウが手を打ち鳴らしたので、優桜はびっくりして肩がはねあがった。
「あたしがこの人を見たのは、椿姫小道の入札屋敷だよ」
「言われりゃそのへんだったような。わりと奥の方だな」
「二人とも見覚えがあるってんなら、秘書の独断って線はないのか……マジか」
ウッドは髪をぐしゃぐしゃにかき回すと、額に落ちてきた前髪をうっとおしそうにはね除けた。
「悪いことだよね」
声に出したのは自分の気持ちを落ち着けるためだった。
「だろうな。入札屋だし」
「ニュウサツヤ、って?」
「オークションって言ったらわかるか?」
優桜は頷いた。
「表側ならともかく、アンダーグラウンド側じゃどう考えても非合法だな」
ウッドは手で顔の半分を覆っていた。そのため表情がよく見えなかったが、何かを考えている様子だった。
「これしかないよなあ」
少し心残りそうに顔を歪めてから、ウッドはサリクスに問いかけた。
「お前、あの辺りに知り合いいなかったっけ?」
サリクスは首を振った。
「入札屋にはいないな。椿姫小道だと『椿姫』にメグがいて、『スミレ屋敷』にアルがいるけど」
「運び業者に知り合いいなかったっけ」
「チャーリーとジェリーか」
「銃のディーラーの心当たりは?」
「合法と非合法どっち?」
ぽんぽんと会話が進んでいくことに優桜はびっくりした。
確かに、サリクスは交友関係が広い。しかも優桜の記憶違いでなければ、今まで挙がった名前は全て重複しない。
優桜が驚いている間に、サリクスとウッドは必要な人脈を洗い出し打ち合わせを終えていた。電光石火といっていい早業で。
「それじゃ、頼んだ」
「いいよ。面白くなってきたじゃん」
「サリクスって、もしかして凄い?」
優桜は自分の学校の友達を総動員したとしても、こんなに名前を挙げられない。もしかして遊び歩いているのは、こういう時の人脈のためだったのか。
「言ったでしょ? サリクスは凄いんだよ」
メリールウが自分のことのように得意げに言う。
「ルー、惚れ直した?」
メリールウは笑って首を左右に振った。
「サリクスのことは、今でもとっても大好きよ。でも他の子にも言うんでしょ?」
「えー? ルーだけだよ。今だってユーサには言わなかっただろ?」
「あ、そっか!」
「騙されるなよメリールウ。単にタイミング逸しただけだって」
ウッドに横やりを入れられて、サリクスは彼を睨んだ。
「そっかー。危ない危ない」
「俺は危なくねーよ!」
「メリールウが惚れたっつったらどうすんの?」
「お持ち帰りして熱い夜を過ごすに決まってんじゃん。大丈夫、布団は昨日干したばっかりだし枕もふたつある」
「最っ低……」
優桜はサリクスを睨んでしまった。何でサリクスは見直したあとで評価を下げる発言をするんだろう。
「ユーサはマジメすぎ。そういうタイプは男からしたら重いよ?」
その評価が、優桜ははちょっとショックだった。悪く言われた事があまりなかったのだ。大人からの評価はいつだって『真面目で礼儀正しいいい子』だったから。
明水兄ちゃんも、もしかしたらあたしのことそんな風に思ったりしたのかな――。
「サリクスが軽すぎなんじゃない」
「そう?」
複雑な気持ちが混ざって、優桜は結局、必要以上の嫌悪をサリクスに向けてしまった。しかしサリクスは涼しい顔で受け流し、へらりと笑顔をのぞかせた。
「でも熱い夜はちょっとお預けだな。今から連絡取らなきゃ」
メグは仕事だから朝に回して、チャーリーとジェリーは今からでも仕事前につかまえられるかなと、サリクスは時計を見上げて言った。
「んじゃ、俺行ってくるわ」
じゃあなと手を振って、サリクスは事務所を出て行った。
優桜の想像以上に、サリクスのネットワークは優秀らしい。三日もすると、アッシュ商会の会長は秘書ともう一人の男性――どうやら副会長職を勤める息子らしい――と一緒に闇オークションに出入りしていることと、出品と購入は全て武器で、盗品の絵画や美術品には見向きもしないこと、次のオークションはウッドと文書を交わすと約束した日に行われることをつかんでしまった。そういった必要不可欠な情報だけではなく、元々は合法のオークションハウスだったものが十年前に兄弟間の不仲で分裂したことや、従業員を残業代を払わずに長時間拘束していることなどの内情まで揃っていた。
「うちに来ることを隠れ蓑にしたのかよ」
ウッドが忌々しそうに舌打ちした。彼にしては珍しい、乱暴な仕草だった。
「どうしたらいいの?」
「とりあえずは手は出せんな」
「どうして?」
優桜は不思議だった。どうして、ウッドは自分で動こうとしないのか。
「アッシュ商会の会長と同じだよ。オレがあんまり派手に動くと跡がつく」
上がおかしな行動を取れば、ついていく人は不信を抱く。ついていけなくなって、組織は崩壊する。だから、上に立つ人には仕事を任せることが出来るか出来ないかを判断する目が求められるわけで――。
「……立場がある、ってのは厄介だよな」
ウッドは息を吐いた。
「でも、立場がなきゃ『正しいこと』はできないんでしょ?」
「永遠の命題だな」
正しいことをしたいと優桜は思っている。これが正しいと信じているけれど、それを貫くために今できることは静観することで。メリールウに嫌な思いをさせたことも、正しいことに必要なことで。
でも、誰かを傷つけてまで成すべき事なんて、あるんだろうか?
考えても考えても、優桜にはわからなかった。フォルステッドの行方も、元の世界に戻る方法も、やっぱり考えても考えてもわからないことだった。
だからこの時、優桜は考えることを放棄してしまった。それがいちばんの罪悪なのだと、未熟な優桜はまだ知らずにいた。
ウッドはサリクスが友人から入手してくれた情報から、自分でも、問題なく動ける範囲に限定されたが調べを続けていたようだった。情報を付き合わせ、アッシュ商会会長たちが間違いなく非合法武器のオークションに出入りしていることと、そうやって得られた武器が国内外の治安の悪い場所に供給されていることがわかったのは、彼らの訪問が明日に迫った時だった。
Copyright (c) 2012 Noda Nohto All rights reserved.
このページにしおりを挟む