桜の雨が降る 3部3章5

戻る | 進む | 目次

「へえ、こんな人だったんだ」
 メリールウはアパートではなく、法律事務所で待っていた。サリクスもなぜか一緒だった。仕事は? と聞いた時の返答はこれからだとのことだった。夜間の仕事なので早起きすれば少しばかり融通が利くのだそうだ。
 サリクスが事務所の端末をいじっていて、メリールウが後ろから覗きこんでいた。開かれたページはアッシュ商会のものだ。
「マジメそうだねえ」
「確かに。ルーはこういうのがタイプ?」
「んー?」
 メリールウは笑うように語尾をあげた。
「どうしてそんなの聞くの?」
「今時女子の傾向と対策をわかっておけばナンパの成功率は上がるんだよ」
「なんでそんなとこを事前調査するんだよ」
 上着を脱いで椅子の背にかけながら、ウッドがぼやいた。それはそうだろう。
「あたしは……そだな。会ってみなきゃわかんない。会ったことない知らない人、好きとか、嫌いとか言えないよ」
「会ってみなきゃ、か」
 サリクスはそう言ってページの会長の写真を眺め、首を傾げた。
「俺この人知ってる気がする」
「え?」
 優桜は驚いてサリクスを見た。メリールウもウッドも驚いたようだった。
「なんで? なんで会社のエライ人サリクスが知ってるの?」
「どっかで見たぞ。えっと、どこだろ」
「写真じゃなくて?」
 ウッドにそう言われて、サリクスは首を傾げた。
「どーも生身くさいんだよなあ。でもどこだ? 俺の生活圏内とは一致せんぞ」
 メリールウはサリクスの横に回って、画面にくっつきそうなくらいに顔を近づけてアッシュ商会会長の写真を見ていたが、やがてぽつりと言った。
「あたしも、この人見たことあるかも」
「メリールウも? どこで見た?」
「どこだっけ?」
 メリールウは首を傾げた。豊かな赤い髪が肩を流れる。
「気になるけど、けど別にいっか。俺たちにカンケーなさそうな人だし」
「んー……何かプロファンダムな気がするけど、気のせいだよね? こんなエライ人、プロファンダムにいたらおかしいよ」
「プロファンダム?」
 今日二回目に聞く言葉だ。最初に言ったのは、会長の秘書。
「だよな。プロファンダムにいたらおかしいって」
「プロファンダムって、どこだっけ?」
 地名なのは間違いない。では、何を指すのか。
 メリールウがおかしげに肩を揺らした。
「ユーサ、この前お話ししたよ。プロファンダムは、繁華街の奥。無法地帯でとっても危ないとこ」
 そうだ。『プロファンダム』はアンダーグラウンドの別の呼び方だ。そこに詳しい人たちが、自分たちの場所を『地底』の称するときの呼び方。
「プロファンダムでレンコンを3ユル、って、野菜の話じゃないの?」
「優桜、それどこで聞いた?」
 ウッドの声の調子がひどく真剣だったので、優桜は自分の聞いた言葉は野菜の取り引きなんかではなかったと確信した。
 では、この言葉は一体どういう意味なのか。
「え? 野菜でしょ? なんでプロファンダムが出てくるかはわかんないけど」
 無邪気に聞き返したメリールウと対称的に、サリクスは渋い顔をしていた。
「マジか……」
「どういうこと?」
「レンコン、ってのはコレのことだよ」
 サリクスは革のケースから拳銃を取り出した。黒の自動拳銃。
「……銃?」
 優桜は凍りついた。
「正確には違うがな。リボルバーの暗喩だ。弾倉の形からそう呼んでる」
 ガイアは武器を持つことが合法化されている。ただし、それは法律で認められたものに限る。
 無法地帯で取り引きされる銃が法律に認められたものではないことは、優桜でも簡単に想像がついた。
戻る | 進む | 目次

感想フォーム
ご感想をひとこと。作者の励みになります。

Copyright (c) 2012 Noda Nohto All rights reserved.
 

このページにしおりを挟む

-Powered by HTML DWARF-