桜の雨が降る 3部3章2
「……お前、それでいいと思ってんの?」
サリクスに言われて、ウッドは短く息を吐いた。
「だからレジスタンスやってんだろ」
「やっぱり難しーね」
話を聞くだけになっていたメリールウがそう評する。
「考えてたらおなかすいちゃったよ」
「確かに、ハラ減ったらいい考えなんか浮かばないもんな。ルーは夕飯どうすんの?」
「今日は持ち寄りするんだよ」
メリールウは言うと、机の上に置いてあった紙袋を開けてサリクスに見せた。中身はここに来る前に優桜とメリールウが自宅で焼いたパンだった。優桜が初めて焼いたパンだ。
以前に作ったことがないから、ガイアと日本の作り方の違いは残念ながらわからない。作ることももちろん、メリールウの説明を噛み砕くのもたいへんだったけど、笑っているメリールウと作業するのは楽しかった。
優桜とメリールウは、週に何度かウッドと夕食を一緒に食べている。外食することはめったになくて、下の食堂の持ち帰りメニューを事務所で食べるのがほとんどだが、たまには目先の変わったものが食べたくなるため、持ち寄りと称して他から調達してくる。ただし、優桜とメリールウは台所事情が厳しいため、買ってくることはあまりせず自分たちで料理していた。幸い、料理に手間をかける時間は確保されている。
ウッドはどうしているかというと、彼は持ち寄りになっても食堂から購入していた。全員分用意するときはセットメニュー、持ち寄りの時は単品メニューと変わっているから、その部分ではいつもと目先は一応変わっている。文句を言うつもりはない。ウッドと食べると、いつもよりたくさんご飯を食べられるから。
「そっか。じゃ、俺も下で自分のぶん買ってくるわ」
サリクスは言うと、組んでいた足をほどいて椅子から立ち上がった。その背中にウッドが声をかけた。
「ついでにオレが頼んでたぶん取ってきて」
「えー? 自分で行けって階段降りるだけだろ」
サリクスが面倒くさそうに声をあげる。
「ほう。オレと二人仲良く肩を並べて食堂に行きたいと」
「……一人で行ってきます」
サリクスはそう言って足早に事務所を出て行った。階段を降りる音とメリールウの笑う声が重なった。ウッドは涼しい笑みを口元に残したまま、キーボードを叩いている。
食堂の持ち帰りには予約制度があるが、別に予約せず飛び入りで買いに行っても問題はない。しかし、購入はできるが、種類は限られてしまうし、買いに行ってすぐ渡してもらえることもない。そのため、サリクスは少し経ってから戻ってきた。その頃にはウッドも仕事にきりをつけられたようだった。
来客用のソファスペースで食べるのにもだいぶ慣れた。ウッドが頼んでいたのは肉を小さく丸め、さっぱりしたタレで煮込んだもので、夜だけ扱うものだと調理担当のスタッフから優桜は聞いたことがあった。なかなか人気のメニューで、予約なしでは持ち帰りできない。魔法瓶に入ったスープは、本当は持ち帰りでは扱っていない。ウッドが経営者の権限を最大限に活用し、店頭で出すぶんから特別に詰めてもらっているそうだ。職権乱用はよくないと思うが、美味しいものが食べられるならうかつに文句は言えなかった。
サリクスは普通に持ち帰りメニューから選んだようで、大量のフライドポテトと、サンヒヨという名前の鳥の肉を一口大に切り油で揚げたものだった。この料理には特別な名前があるとのことだが、優桜は勝手にチキンナゲットと呼んでいる。味も食感も似ているから。
三人分で頼んだスープを四等分したので、いつもより量は少なくなってしまった。けれど、それをひいてもサリクスが買ってきた量が多かったので、お腹は満足してくれそうだった。
いただきますと、優桜は手を合わせた。メリールウは目を閉じ、何か言っていたようだったが内容は優桜にはよくわからなかった。
「テイクアウトすんの久しぶりだな」
「普段、ご飯どうしてるの?」
サリクスは口の中のものを飲みこんでから「夕飯は賄いが出るから作ってない」と言った。店で出してもらえるのだそうだ。
「あとはまあ、テキトーに自炊だな」
「自炊してるの?」
わりと意外な事実だった。
「外食って結構かかるし」
その通りなので優桜は頷いて、手前にあったチキンナゲットを取った。頭数で割ると優桜のぶんはこれで最後だが、ウッドが残っていた自分のぶんを優桜のほうに押しやった。
「好きなんだろ?」
「ウッドは食べないの?」
一拍置いてから、ウッドは口元を歪めて笑った。
「この前ちょっと調子に乗りすぎたから、受け付けないんだ」
「二日酔い?」
サリクスが横から言う。
「ウッドが? そんなに飲まんくせに珍しい」
「いや、お前のペースについていけるのメリールウぐらいだから」
そういえば、初めて会った時にサリクスは大量に飲酒していたのだった。
それでこの前から具合が悪そうだったのかと気にはなったが、優桜はありがたく頂くことにした。食べられるときに遠慮せず食べておく。ガイアで身についた優桜の習慣だった。
「これ二人で作ったの?」
パンのことを聞かれて、そだよとメリールウが笑った。優桜もひとつ取ってパンを囓る。焼きたてを味見したときより、少し味が落ちていた。
「冷めちゃったかな?」
「ん、そうかも」
自分もパンをもぐもぐやりながらメリールウが首を傾げる。頬にパンくずがついている。サリクスが苦笑いしてメリールウの頬に指を伸ばした。
「でも、これ美味しいな。しっとりしてて」
サリクスはそう言って笑った。
隣にいたウッドが頷く。ウッドはパンをひとつだけだったが、ちぎって食べていた。
「はじめて作ったにしては上等だよ。がんばったな」
そう褒められて、優桜は単純に嬉しくて笑った。戻れたら明水兄ちゃんにも作ってあげよう。明水兄ちゃんも褒めてくれるかな。そんな風に思ってにこにこしていた。
食事が終わると、サリクスは早々に席を立った。
「じゃ、俺そろそろ行くわ。ごちそうさま」
「今日はどこ行くの?」
食べ終えた食器を片付けながらメリールウが尋ねる。
「バーに顔出して一杯やって、ライんとこあたりにみんなたむろってるんだろうからそっちにも顔見せて……あとはそだな。キャリーの部屋にでも行こっかな。夜勤明けだからいるだろ」
優桜は思わず時計を確認した。どう考えても今夜回りきれる量じゃない。
「せっかくお休みなのに、休まなくていいの?」
「休みだから遊ばなきゃ損なの」
サリクスは言って笑った。
「死んだらどうせ寝てるだけになるんだから、生きてるうちは遊ばなきゃ損」
「サリクス、それいっつも言ってるね」
メリールウがけらけらと笑う。ウッドは複雑そうな顔をしていた。
「でもサリクス、ちゃんと寝なきゃダメよ?」
「ルーが泊めてくれるんならまだここにいるんだけど?」
「だーめ。今はあたしだけのおうちじゃないもん」
サリクスは舌打ちすると、そのままドアを開けて夜の街に出て行った。
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