桜の雨が降る 3部3章1
3.その裏側の顔
優桜はメリールウと一緒に住んでいて、メリールウの部屋があるのはウッドが所持しているビルであり、そこには彼の表向きの勤務先であるグリーン法律事務所も、優桜とメリールウの勤務先である食堂も入っている。そういう理由で優桜、メリールウ、ウッドは生活の範囲が同じだが、サリクスはそうではない。
サリクスは繁華街にある『シノの花園』という店に勤めている。店の名前こそ知っているが、優桜はその店が何をやっているかの詳細を知らない。名前とサリクスの肩書きから察するに、優桜の年齢では入店お断りになる内容なのは間違いないだろう。ガイアの十六歳は成人扱いらしいが。
当たり前のように店の営業時間は夜なので、サリクスが優桜たちと夕食を一緒にしたことはなかったのだが、その日、サリクスはふらっと法律事務所を訪れた。
「サリクス! 今日はどうしたの?」
応対に出たメリールウが、文字通り飛び上がって喜ぶ。
「ルーに会いたかったから飛んできたのさっ。あ、もちろんユーサも会いたかったぜ? ウッドはどうでもいい」
オレもどうでもいいよと、ウッドは自分の席から言った。
「友達と約束してないの?」
「ドタキャンされちったのさ」
サリクスは大げさに肩をすくめ、両手を広げた。
「トニーは風邪。ドビーは急に仕事。ジューダは彼女から『今夜は貴方と一緒に過ごしたい…』って言われてホイホイついていっちまった。男の友情なんてこんなもんだよな」
サリクスは『今夜は貴方と…』の部分に抑揚をつけ、情感たっぷりに発音した。メリールウが大笑いする。しかし、断られたとはいえ三人も約束があるというのは凄い気がする。
「サリクスの仕事は?」
「今日は非番だよ。うちはシフト制だから」
といいつつ服装はいつもと同じで、派手なスーツだった。
「それ、私服だったの?」
思わず優桜はそう聞いてしまった。
「これは私服。確かに似てるけどメーカーは違ってるのさ。そんなこと言う優桜だっていつもその服じゃん」
サリクスは優桜のセーラー服を指した。
確かに、優桜はガイアで外出する時、律儀に制服を着続けている。優桜の高校はガイアにはないのだから、制服を着る理由はないのだが、それでも優桜はどうしてもという理由がある時以外はセーラー服だった。本当はここ――ガイアにいる人間ではなくて、別の場所に所属するんだという、ささやかな主張だった。しかし子供じみた理由なので、あまりおおっぴらに言うのはためらわれる。
「もっと可愛いカッコすりゃいいのに」
「あたしの服いろいろ薦めてるんだけど、ユーサはヤなんだって」
メリールウが唇を突き出す。
メリールウの持っている服はどれも丈が短く、体にぴったりとしたデザインが多い。メリールウなら着こなせるだろう。だが、優桜は体のラインを出す服が好きではないし、認めるのは悲しいから黙っているが、体型的に似合わない。無謀だ。
「ルーが着るからかわいいんだって」
「そう?」
「そうだよ。ネコはネコだから可愛いんじゃん? サルがネコの動作だったら気色悪いさ」
「えー? おさるさんはかわいいよ。山はとてもにぎやか」
「山の向こうへピクニック・デートでもする?」
「みんなで行こうよ! 何着ていこうかな」
話が明後日の方向まですっ飛んで、奇跡的に元の軌道に戻ってきた。
「そうだ。ユーサの服の話してたんだった!」
「何で同じ格好してるんだっけ?」
「オレは同じ格好のほうが助かるんだが」
それまで自分の机で端末に向き合っていたウッドが、初めて口を挟んだ。先日の顔色の悪さはもう感じられない。いつもの彼だ。
「『エレフセリアの旗頭』ってわかりやすいだろ」
他の従業員がみんな帰宅した後だったので、ウッドはためらいも遠慮もなくその名前を口にした。
エリフセリアは、格差を蔓延させる現在の国府を妥当し、共和制への移行を目指す、所謂レジスタンスである。ウッドが主催している。
不公平を正したい、というのが彼の主張だった。一部の特権階級だけが楽に暮らし、それを上に見ながら貧困に喘ぐ庶民という構図を変えたい。自分はそれがもたらす悲劇を目の当たりにしたから――とのことだった。ウッドは表向きは弁護士でもあるから、やはり、そういう場面に直面することは多かったのだろう。
メリールウとサリクスは、ウッドに協力している。メリールウについては本人から直接聞いたわけではないが、彼女は以前、どん底の暮らしをしていた時、ウッドに保護されたのだそうだ。ウッドはメリールウに住居と仕事を与えて教育を施し、社会の片隅ではあるが陽の当たる場所で生活していけるように助けた。だから、メリールウは彼に恩義を感じている。よく言えば無邪気な、悪く言えばあまり自分で考えるのが得意ではない彼女がレジスタンスになんか足をつっこんでいるのは、おそらくウッドに助力するためだろう。
サリクスは本人から聞いたが「退屈だったから」とのことだった。なぜそことレジスタンスがつながったのかが優桜にはわからないが、本人が納得してその道に進んだのであれば、多分、優桜が外野から何かを言うことではないのだろう。
優桜が何でそんな厄介なものに関わったかと言えば、元の世界に戻るために仕方なく、というのが理由としてはいちばん正確だ。なぜなら無一文でこの世界に放り出されたから、どこかに身を寄せなければ飢えて死ぬか、さもなければ自分のお金になる所持品を売るかの、絶対選びたくない二択しか生きる選択肢がなかったのだ。
レジスタンスの旗頭も絶対選びたくない選択肢に違いないのだが、それすら前の二つより真っ当な生活を保証されるものだったのだ。こういう状態を見越して優桜に話を持ちかけたなら、ウッドは策士を通り越して狡すぎると思う。
優桜は裏で旗頭をやりつつ、表面上はメリールウと同じようにウッドが経営する食堂でアルバイトとして働いている。空いた時間を使って、優桜は『フォルステッド』のことを調べていた。自分と同じように異世界から現れたとされる、内戦を終わらせ格差をもたらすきっかけとなった『偽りの平和姫』を。
この人を捜し出し、元の世界に戻る方法を聞き出してしまえば優桜がエレフセリアに関わる必要はなくなるわけだが、生憎となかなか手がかりをつかめずいた。絵麻という名前の女性であることと漠然とした年齢しかわからない人物を捜すのは、探偵でもないアルバイトの十六歳には難しすぎるのである。ウッドもメリールウも協力してくれてはいるが、残念ながら有力な情報は今のところ得られていなかった。
だから、優桜は今も旗頭に上げられたままである。
「ウッド、それ何やってんの? 残業?」
ウッドは緩く首を振って、エレフセリアだと告げた。
「先方に渡りをつけようと思ってな。今、文面を考え中」
そう言って、ウッドは自分の手元にあった、丈夫そうな表紙がついた本を指先で叩いた。
優桜はすぐにタイトルを読むことは出来なかったのだが、サリクスは問題ないようで、すぐ「マナーの本?」と頓狂な声をあげた。
「なんでそんなもんいるわけ? 乗り込んじまえばいいんじゃねーの?」
「そりゃきちんと挨拶しなきゃ人間関係がはじまらんからだよ」
わかってないなと、ウッドは肩をすくめた。
「そうなの?」
メリールウが小首を傾げる。
「なんで? 普通に会いに行ってトモダチになったらだめ?」
「それで済んだら世の中のバランスが崩れるな」
ウッドは呆れたような、それでいて愛おしむような、ふたつの感情が混ざった器用な表情を浮かべた。
「俺はルーの考えでいいと思うけどなあ。回りくどいことせんでもいいじゃん」
その手のビジネスマナーとやらが世の中をガチガチにしてるんだよと、サリクスがもっともらしく批評する。
「優桜はどう思う?」
唐突に話を振られ、優桜はびっくりしてウッドを見つめ返した。
「どう、って?」
「儀礼一辺倒で根回ししておくか、突然尋ねていって取り次いでもらえる可能性にかけるか」
優桜は考えてみた。友達相手なら、メリールウとサリクスがいうとおりだ。普通に会いに行き声をかければいい。
だけど、ウッドが今しようとしていることは、友達に対しての行動ではなくて、初対面の人間から「国府の打倒に協力して」といきなり言われたら、絶対に断って逃げるし、だからといって長年の友人から言われたとしても、簡単に頷ける内容ではなくてむしろ縁切りを検討するくらいで……。
「ウッド、ユーサが困ってるよ」
メリールウに言われた時、ウッドは既に端末に向き直っていた。優桜の考えを期待していたわけではなく、どうやら静かにして欲しいだけだったようだ。
「難しいね」
覗きこんだメリールウと目が合い、優桜は苦笑いした。うんうんと、子供のような調子でメリールウが頷く。
「弁護士とか貴族屋って何で難しい言い方するんだろうな」
サリクスが頭の後ろで腕を組み、足をぶらぶらさせた。
「俺には全っ然わかんねー。難しすぎて何が言いたいのかさっぱしわかんねーよ」
「そういう仕組みだからだよ」
「は?」
ウッドは涼しげに言い返した。
「わざと難しい言葉並べて、お前みたいに『さっぱしわかんねーよ』って考えを放棄させるのが偉い奴の狙いだから。真剣に読めば骨組みがどれだけお粗末か、わかる奴だけに通れる抜け穴が仕組まれてるってのもわかる」
「そうなの?」
現代社会の教科書に載っている憲法の文章も難しい。
ガイアと――同じ?
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