桜の雨が降る 3部1章3
星に教えてもらった事件に絞り込んで、明水はふたたびインターネットの検索サイトを使った。絞り込めたとはいえ情報量はまだまだ多いが、事件を取り上げた新聞記事などもわかってきた。
確かにこの年、結女の祖母にあたる藤江舞由という女性が自宅の庭で亡くなっている。彼女の葬儀を仕切ったのが結女であり、この時、彼女の妹である深川絵麻は葬儀に出ず、あろうことかゲームセンターで遊び歩いていたらしい。スポーツ新聞にそんな見出しがある。
そして、その半年後、深川絵麻は結女を狙って自宅に侵入していたストーカーと鉢合わせし、自宅の玄関で首を絞められた。帰宅した結女に発見された彼女は病院に運ばれ、その時点では命を取り留める。しかし、手当ても虚しく十ヶ月後、病院で息を引き取った。
この話自体は、おぼろげに聞いたことがある。いつどこで聞いたという詳しい話は覚えていない。美桜叔母と同じくらいに悲しくて悲惨な事件だと感じ、叔母に同情した。
しかし、自分で起こした事件であるなら話は別だ。
信じられない。信じたくない。できるなら何も見なかったことにして記憶に蓋をし、逃げてしまいたい。でも、それはできない。あの日、記者が優桜に絡んでいた。
『イトコ……じゃ、深川結女の甥ってわけか。それじゃあ罪は隠したいよな』
『アンタの敬愛するおばさんと同じだよ。不思議な不愉快極まりない手で罪を逃れる。あんたらは偽善者だ! とほうもないおおぼらふきだ!』
そう言って、狂ったように笑っていた記者らしい中年男を思い出し、明水は顔をしかめた。明水にとっては考えたくないことばかりが浮かぶ。
嫌がる優桜に執拗に絡んでいた男。彼もまた、何かを知っているのではないだろうか?
優桜がいなくなったあと、調べてくれた警察に明水は記者の存在を主張した。従妹は彼に絡まれていた。そして、自分のところに逃げてこようとして道路に飛び出した、と。しかしその後の調査で、記者は優桜の行方不明には無関係であると判明したと警察から明水は聞かされていた。先方は自称、雑誌のライターです。個人情報なので詳しくは話せませんが、あなたの従妹さんが行方不明になった件とは関わりがないことは調べでわかっていますよと、担当だという四十代くらいの警察官は宥めるような調子で明水に言ったのだった。
それは明水には、警察にとって都合の良い言い訳に聞こえた。何で従妹が絡まれ、失踪しているこちらが相手の個人情報を尊重してやる必要があるのだと言いたかった。
元々、明水は警察にいい印象を持っていない。美桜の事件のせいで、魚崎家はマスコミ嫌いであると同時に警察嫌いでもあるから、そういう家風に囲まれて育った結果として、どうしても見る目が偏りがちになってしまうのだ。頑張っている人がたくさんいるのはわかっている。それは知っているから、ちゃんとわかっているからこちらの気持ちも斟酌してくれというのは、これもやはり、明水にとっての都合の良い言い訳なのだろう。
警察には聞けない。病院の周囲をうろうろしていたようだから、叔母の見舞いに行った時に病院の職員を適当につかまえて探りをいれれば、何かわかるだろうか。雑誌記者だと言っていた。名前がわかれば、どんな記事を書いていたかは調べられるかもしれない。
その内容としていちばん疑わしいのは、やはりこの事件なのだ。だから、明水は調べ考え続けなければならない。優桜を助けるために。
明水は、ディスプレイの中の少女の写真を見てため息をついた。姉に殺められたかもしれない少女は、当時、高校一年生だったという。優桜と同い年ではないか。
深川絵麻の事件については、ストーカーの恐ろしさという書き方が大多数で、それに混じって「祖母の葬式に出ず遊び回ったバチが当たったんだ」という絵麻を非難するものもあった。彼女の死後、結女の仕事は少しずつ減少し、彼女は空いた時間でストーカー撲滅運動に関わっていくようになる。そして、大学を卒業する年、結女は芸能界引退を発表した。そこから、膨大だった情報量は一気に少なくなる。
情報量の減少は、明水にとって困ることではなかった。それは叔母の芸能人としての公の活動は、そこで終わったという目印だから。それ以降に何かがあった可能性は、とりあえず横に置いていいだろう。
何かがあったなら、親族に連続して不幸があったという事件のほうが怪しい。
今調べなければならないことは、優桜に何が起きていたかだ。優桜は最後に会った日、隠し事をしていたから両親を信じられなくなったと言っていた。妙な記者に絡まれていた。その記者の言葉で叔母の旧姓を検索したら、黒い噂のある元芸能人で、その黒い噂は彼女が妹を殺害したかもしれないというとんでもないもので――。
そこまで整理して、明水は見落としていたひとつのことに気づいた。
「おばあさんのことはどうだったんでしょう?」
妹についての事件が取り上げられすぎていたのと、内容が内容だったためそちらに気を取られすぎていた。
できるなら、もう考えたくもないと思う。妹を手にかけたかもというだけでこれだけ気分が沈むのに、さらに祖母のことも……というのであればもう相手を人間として扱えないと思う。今の時点で正直、叔母にこれまでどおり接する自信はない。だから優桜も見舞いに行くことを嫌がっていたのかもと、そう思った。
叔母の名と、叔母の祖母の名前で検索してみたが、これまでとは格段に情報量が少なかった。事件のあった日付と場所はわかったが、当時の地方新聞記事はあいにく、情報掲載の期限切れで読めなかった。
ふと時計を確認すると、だいぶ遅い時間になっていた。今日はここまでにしようと、明水は今まで考えたことを手元の手帳に書き付け、カレンダーのページを繰った。明日は図書館の開館日だ。インターネットだけでは限界がある。当時の新聞が読めれば新たに何かわかるかもしれない。
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